結婚したいから!
―――すっごくお腹が空いた。猛烈な空腹で、胃が痛くなりそうなくらいだ。
重たい瞼をなんとか持ち上げて、同じく重たい体を起こし、わたしはリビングに向かう。
「おはよ」
喉が痛くて、やっぱり声もしゃがれてる。こちらをこわごわ振り返って、祥くんは「おばけみてぇ」って呟いた。
「お·は·よ」
しつこく言うと、「おはよ」って言いながら、祥くんがごはんをよそってくれる。
ちょっとでも、おばけ顔を人間に近づけなくては、と思って、氷をタオルで包んで目に当てる。この顔じゃあ、仕事に行けない。いや、行かなきゃいけないけど。今日から、再び裏方仕事でよかった。
「食べていい?」
まだ白いご飯とお味噌汁しか並べられていないのに、すぐ食べたくて、そう言うと、祥くんがにっと笑って「食え」と言った。
「あー、美味しいー!!」
その後出てきた焼き魚も、煮物も、ペロッと食べて、ご飯とお味噌汁はおかわりして、お漬物と一緒に、古きよき日本の朝ごはんをしっかり堪能した。
「よく食うな」
祥くんがおかしそうにくつくつ笑ってる。わたしも、朝からこんなに食べたことって初めてかも、って思うとおかしくなって、笑いだした。
「あんまり祥くんの家に長くいると、わたし太りそうだね」
「まだやせ気味だろ。もっと太れ。俺、養豚業やってる気分で朝飯作ってるからな」
「ちょっと!わたし豚なの!?」
「大丈夫、出荷はできない豚だから、太ったら俺が食ってやる」
「出荷できない豚って、それも失礼なんだけど!どこが欠陥なのよ!?」
「まあ、いろいろ」
いろいろって何!?いっぱいあるってこと!?
文句は尽きないけど、もう我慢することにした。確かに、祥くんの朝ごはんのおかげで、ずいぶん体重が増えたはずだから、祥くんの言うことにもどこか納得できるのが悲しいけど。あれがなかったら、わたしはまだまだ痩せてしまっていたかもしれないとも思う。久しぶりに、心穏やかな日々が続く。
マンションと会社との往復をするだけなんだけど、自分の気持ちが整頓できた今は、どの時間も楽しむ余裕ができてきた。
ここしばらく、空いた時間に、わたしは何をして過ごしていたんだろう。祥くんの家に持って来た自分の荷物を見て、不思議に思う。必要最低限のものしかないから。
裏方の仕事はたいてい定時に終わるから、家に帰ってからの時間が意外にある。今まで好きだったことはもう一度はじめて、これまで苦手だったことにも挑戦することに決めた。
苦手だったことっていうのは、やっぱり料理。晩ごはんは、いつもわたしひとりだから、気楽に自炊をすることにしたのだ。
やっぱり、美味しいご飯は、人を元気にする力があるってことを、身を持って体感したから。
わたしのアパートには、調理用品も揃ってないけど、ここはそれも豊富だから、しっかり練習させてもらおうと思って。
「ふふーん、なかなか美味しいぞ」
たかがチャーハン。されどチャーハン。べっちゃべちゃになったご飯を焦がすことはあったけど、こんなにぱらりとした、適度な塩加減のチャーハンは初めてできたな。
何でもそうだけど、少しずつでも上達してることが実感できると、俄然やる気が増すものだ。
機嫌良くお風呂に入ると、鏡に映る自分の体が、丸みを帯びてきたことに気が付く。
朝ごはんだけじゃなくて、晩ごはんもよく食べるようになったら…、確かに豚さんに近づいてきたらしい。
「ま、いっか」
本当に、ここ数年なかったんじゃないかっていう、穏やかな気分だから、そんなこともどうでもいい気がした。
まあ、たぶん、どうでもよくないんだけど。
ソファにだらしなく寝転びながら、図書館で借りてきた童話を読む。
童話と言っても、中高生向けのファンタジーの本は分厚い。その空想の世界の中で、遊んでいたつもりが、いつの間にかうとうとしていたらしい。
「わあ、なにこれ、かわいー、ネグリジェってやつ?海空ちゃん俺のこと誘ってるの?」
「うわぁぁぁ!」
いつの間に家の中に入ったのか、至近距離に幸くんの顔があることにびっくりして、手に持っていた本を振りまわしていた。
「あぶね」って言いながら、すれすれのところで幸くんは避けたらしい。「怖がるからあんまり近寄んな。さっさと仕事片付けるぞ」
悲鳴を聞いて来たらしい祥くんが、幸くんの首根っこをつかんで引きずっていく。ああ、びっくりした!
っていうか、ネグリジェじゃないし。ただのワンピースだし。今日が、週末だってことは憶えてたけど、週末なら幸くんが来る可能性も高いってことはすっかり忘れて油断していた。
今からでも、何か買ってきた方がいいのかな。近くのおんぼろスーパーは、あんな古びた建物だけど、なぜか早朝から深夜まで開いていて、働く身にはありがたいお店だ。冷蔵庫にもあんまり食材はなかった気がするしな…。
でも、少しまどろんだ体は、今から出かけるのを嫌がるように、わたしに寝ろって信号を送ってくる。
ま、いっか。明日の朝に考えよう。
今度は、幸くんに邪魔をされないように寝室の広いベッドを独り占めにして、ぐっすりと眠った。
重たい瞼をなんとか持ち上げて、同じく重たい体を起こし、わたしはリビングに向かう。
「おはよ」
喉が痛くて、やっぱり声もしゃがれてる。こちらをこわごわ振り返って、祥くんは「おばけみてぇ」って呟いた。
「お·は·よ」
しつこく言うと、「おはよ」って言いながら、祥くんがごはんをよそってくれる。
ちょっとでも、おばけ顔を人間に近づけなくては、と思って、氷をタオルで包んで目に当てる。この顔じゃあ、仕事に行けない。いや、行かなきゃいけないけど。今日から、再び裏方仕事でよかった。
「食べていい?」
まだ白いご飯とお味噌汁しか並べられていないのに、すぐ食べたくて、そう言うと、祥くんがにっと笑って「食え」と言った。
「あー、美味しいー!!」
その後出てきた焼き魚も、煮物も、ペロッと食べて、ご飯とお味噌汁はおかわりして、お漬物と一緒に、古きよき日本の朝ごはんをしっかり堪能した。
「よく食うな」
祥くんがおかしそうにくつくつ笑ってる。わたしも、朝からこんなに食べたことって初めてかも、って思うとおかしくなって、笑いだした。
「あんまり祥くんの家に長くいると、わたし太りそうだね」
「まだやせ気味だろ。もっと太れ。俺、養豚業やってる気分で朝飯作ってるからな」
「ちょっと!わたし豚なの!?」
「大丈夫、出荷はできない豚だから、太ったら俺が食ってやる」
「出荷できない豚って、それも失礼なんだけど!どこが欠陥なのよ!?」
「まあ、いろいろ」
いろいろって何!?いっぱいあるってこと!?
文句は尽きないけど、もう我慢することにした。確かに、祥くんの朝ごはんのおかげで、ずいぶん体重が増えたはずだから、祥くんの言うことにもどこか納得できるのが悲しいけど。あれがなかったら、わたしはまだまだ痩せてしまっていたかもしれないとも思う。久しぶりに、心穏やかな日々が続く。
マンションと会社との往復をするだけなんだけど、自分の気持ちが整頓できた今は、どの時間も楽しむ余裕ができてきた。
ここしばらく、空いた時間に、わたしは何をして過ごしていたんだろう。祥くんの家に持って来た自分の荷物を見て、不思議に思う。必要最低限のものしかないから。
裏方の仕事はたいてい定時に終わるから、家に帰ってからの時間が意外にある。今まで好きだったことはもう一度はじめて、これまで苦手だったことにも挑戦することに決めた。
苦手だったことっていうのは、やっぱり料理。晩ごはんは、いつもわたしひとりだから、気楽に自炊をすることにしたのだ。
やっぱり、美味しいご飯は、人を元気にする力があるってことを、身を持って体感したから。
わたしのアパートには、調理用品も揃ってないけど、ここはそれも豊富だから、しっかり練習させてもらおうと思って。
「ふふーん、なかなか美味しいぞ」
たかがチャーハン。されどチャーハン。べっちゃべちゃになったご飯を焦がすことはあったけど、こんなにぱらりとした、適度な塩加減のチャーハンは初めてできたな。
何でもそうだけど、少しずつでも上達してることが実感できると、俄然やる気が増すものだ。
機嫌良くお風呂に入ると、鏡に映る自分の体が、丸みを帯びてきたことに気が付く。
朝ごはんだけじゃなくて、晩ごはんもよく食べるようになったら…、確かに豚さんに近づいてきたらしい。
「ま、いっか」
本当に、ここ数年なかったんじゃないかっていう、穏やかな気分だから、そんなこともどうでもいい気がした。
まあ、たぶん、どうでもよくないんだけど。
ソファにだらしなく寝転びながら、図書館で借りてきた童話を読む。
童話と言っても、中高生向けのファンタジーの本は分厚い。その空想の世界の中で、遊んでいたつもりが、いつの間にかうとうとしていたらしい。
「わあ、なにこれ、かわいー、ネグリジェってやつ?海空ちゃん俺のこと誘ってるの?」
「うわぁぁぁ!」
いつの間に家の中に入ったのか、至近距離に幸くんの顔があることにびっくりして、手に持っていた本を振りまわしていた。
「あぶね」って言いながら、すれすれのところで幸くんは避けたらしい。「怖がるからあんまり近寄んな。さっさと仕事片付けるぞ」
悲鳴を聞いて来たらしい祥くんが、幸くんの首根っこをつかんで引きずっていく。ああ、びっくりした!
っていうか、ネグリジェじゃないし。ただのワンピースだし。今日が、週末だってことは憶えてたけど、週末なら幸くんが来る可能性も高いってことはすっかり忘れて油断していた。
今からでも、何か買ってきた方がいいのかな。近くのおんぼろスーパーは、あんな古びた建物だけど、なぜか早朝から深夜まで開いていて、働く身にはありがたいお店だ。冷蔵庫にもあんまり食材はなかった気がするしな…。
でも、少しまどろんだ体は、今から出かけるのを嫌がるように、わたしに寝ろって信号を送ってくる。
ま、いっか。明日の朝に考えよう。
今度は、幸くんに邪魔をされないように寝室の広いベッドを独り占めにして、ぐっすりと眠った。