結婚したいから!
「触れるだけのキス」っていうやつ…。…って…。
「…ぅえええええ!?」
色気ゼロの叫び声が飛び出したから、祥くんが焦ってわたしの口を片手で覆った。
そのわたしの口に、意外に柔らかかった感触が、かなり生々しく残ってる。
…意外にってなんだ、わたし!
「お前、雰囲気とか作れないの?うるせぇよ。幸大が起きる。落ち着いて、深呼吸しろ」
祥くんの方こそ、そんな雰囲気まるでなかったくせに!さっきまでは怖い顔しかしてなかった!
それなのに、不意打ちのキスの後、祥くんがいつもと変わらない様子で、馬鹿にしてくる。
これじゃあ、深呼吸もできないよ、って口に被さった彼の手を叩いてアピールしてみる。
「でかい声出すなよ」
鼓膜に響く祥くんの低い声に、なぜか体を少し震わせながらも、小さくうん、と頷いてみせたら、祥くんがゆっくり手を離した。
「祥くんってわたしのこと、好き、なの?」
勘違いすんなよ、って言われる可能性があるってことは、全然考えていなくて。
深呼吸のことなんかすっかり忘れ、心に浮かんだ疑問を口に出してしまっていた。
自意識過剰にしか聞こえない自分の台詞が、耳に入るとすぐに、ちょっと驚いたような祥くんの顔が目に入る。
あ、勘違いだったか、って顔が熱くなる。だってだって、祥くんがキス、したんだもん。
なんで?なんでわたしにキスなんか?
「いちいち言葉にしないとわからねえ?」
その言葉の裏を考えたら。今度は反対の意味で赤面した。
次に彼の顔が近づいてきたのを感じたときには、もう目を閉じて、ぴったりと隙間なく合わさってくる唇を受け止めていた。
「ん…」
情熱的なキスってこういうのなんだ、って頭の片隅で感じる。戸惑いも、遠慮も、わだかまりも、全部なぎ倒してしまうような激しさ。
心の中は、そうして、あっという間に静まり返った。
でも―…心臓はドッキンドッキンと弾んで、熱い血液をせわしなく送り続けるから。
体が熱い。頬も熱い。
「はぁ…っ」
長いキスの合間に、息継ぎみたいに一瞬だけ、祥くんの唇が離れて角度を変えるときには、乱れたため息が漏れる。
ようやく、離れたとき、祥くんは、いつもと変わらない、からかうような笑みを浮かべて、そうっと耳元に口を寄せて囁いた。
「積極的」
いつの間にか、自分の両腕が、彼の首に絡み付いていた。
あわててほどいたものの、片手の手首を掴まれてるだけで、抵抗することくらいできたのに、祥くんのキスを躊躇いなく受け入れたわたし。
自分の中で眠らせていた感情が覚醒したことを、自覚せざるを得なかった。
しかしこの腕め、たしかに、恥ずかしい!猛烈に。どこかに隠れてしまいたい…。
「ガキの癖に、そんなエロい顔できるんだ?」
そう思ってたのに、そんな意地悪なことを言ってわたしの羞恥心を煽り、祥くんがニヤニヤしながらわたしの顔を覗き込むから。
「…ガキじゃないって何回も言ってるでしょ。もう大人だからね?」
って言って、祥くんのTシャツの胸元をぐいっと引っ張って、キスしてやった。悔しいけど、ちょっと声が震えたかも。
「…あれ?」
予想に反して、祥くんの顔がかすかに赤く染まっている。
「照れ、てる、の…?」
祥くんこそ、そんな顔できるんだ?思った以上の反応に、戸惑っているわたしに。
「後悔させてやる」
祥くんが、そう吐き捨てて、今度は馬乗りになって両手を押さえつけてきたとき。
「うっわ!!あ、…いいところだったね?あはっ、ごめーん」
何の緊張感もない明るい声が、少し開いたままのドアの向こうから聞こえた。
「俺さ、トイレに行きたいだけだったんだけどねー。せっかくだから、ちょっと見ててもいい?」
…幸くん。
「あれっ?そう言えば、ふたり、昨日まではそういう関係じゃなかったよね?え、なに、もしかして、祥生、無理矢理?うわ、俺、海空ちゃんを助けた方がいい!?」
幸くん…。
「ややこしくなるからあっちへ行け(行って)」
途中までは完全に祥くんと声が重なっていた。
「昨日は、ほんとにふたりだけで飲んだの?」
わたしも眠っている間、人の声がうるさくて目が覚めたたって記憶もない。ふたりであの量のアルコールを摂取した可能性は高いけど、なんせ量が多すぎる。
「うん。今度こそ祥生をつぶしてやろうと思ったのになー。俺、二日酔いだよ、頭いてー」
幸くんがけたけた笑いながら、水をがぶがぶ飲んでいる。
「お前につぶされるはずねえだろ」
涼しい顔で、でもいつもよりだるそうに、祥くんはテーブルに肘を突いてぼんやりしている。
「でも、いつもより素直でかわいいこと言ってたな、祥ちゃん」
幸くんが祥くんの耳に口を寄せてそうからかうと、祥くんは無言で幸くんの頭をグーで殴っていた。
「いってー!!ちょっとは加減しろー!」
「へえ。お酒飲むと祥くん素直になるんだ?」
「そうそう。初恋の話もしてくれたしな、あとは…」
「ええっ!?」
祥くんが幸くんの口も鼻も抑えてしまったから、幸くんは大暴れしてる。興味深い単語が出てきたから、幸くんの話を聞きたいのにな。
でも、祥くんは、幸くんを抑えつけたままで、わたしまで睨んでくる。こわ。
「つまんねえこと言わずにさっさと飯作れよ」
「あ、うん」
もたもたとサンドイッチを作っているわたしに痺れを切らしたらしく、祥くんが幸くんを開放し、キッチンに入ってきて、手伝ってくれる。
具材は準備できていたから、それぞれで、パンにはさみこんでいく。
真ん中に積んであったパンを取るときに、同じように手を伸ばしてきた祥くんの指が触れて、体がびくっと跳ねた。
「意識し過ぎ」
確かに。今まで何ともなかったのに。もう、何その意地悪い顔は!
「祥くんのせいだよ」
幸くんに聞えないように、小声で言い返す。
「人のせいにすんな」
「じゃあわたしが悪いの?」
「外で他の男と抱きあってくるからな」
「だ、抱き合ってない!」
「男物の香水つけて帰って来たじゃねえか」
「…もしかして、妬いてるの?」
「あぁ?」
「祥くん、ヤキモチやいてるんだ?」
「…お前、俺の気持ちを知ったら生意気になったな」
「素直にそうだって言えばいいのに」
「バカ」
「はあ?」
「もーう!!朝からいちゃいちゃし過ぎ!!俺も彼女に会いたくなっちゃったじゃないかー!!」
ダイニングから、幸くんの叫び声が聞こえてくる。最初は小声で話していたはずなのに、ヒートアップして大きな声になっていたらしいわたしたち。
っていうか。
「幸くん、彼女いるんだ…」
「そこ、びっくりするとこ!?」
「あ、朝ごはんできたよ、食べようか」
「海空ちゃん、無視しないで!」
だって、幸くん、構えば構うほど騒々しいんだもん。厚かましく誰にでもハグしようとしてくるし、落ち着きがないし、どうしても年上とは思えない。
ほんとに彼女いるのか、って思うのも無理はないと思う。
でも、突然、祥くんと、その…、キス、とかしちゃったから。
幸くんがいなかったら、もっと気まずかったかもしれない。心の中でだけ、幸くんに感謝しておこう。
だから。
「帰るわ」
満腹になった幸くんが、こう言って、玄関で靴を履くのが、嫌だ。
「えっと…、帰る」
ドアに向かおうとしているのが、嫌だ。
「…海空ちゃん、俺、帰りたい」
「…うん」
でも、もう少し、いてほしい。
「帰るから」
「うん」
「手、離して?」
「まだ」
「……」
ああ、うまく言えない。でも、掴んだ幸くんの服を放すこともできない。
昨日で仕事が終わったって言うのも知ってる。幸くんが早く帰って彼女に会いたいのもわかった。
でも、幸くんが帰ると、困る。俯いてあれこれ考えてると、急にがばっと抱きしめられた。
「ひゃああああ!」
「なにこの生き物、かわいいんだけど!連れて帰ろっか!」
わ、わたしはペットじゃない!
思いのほか力の強い幸くんの腕から逃れようとジタバタしてると、案の定「調子に乗んな」って祥くんが引きはがしてくれた。
「自意識過剰。別に今更、襲わねえし」
そ、そっか。そうだよね。
真っ赤になった私は、ようやく幸くんから手を離した。
けど、幸くんが出て行ったドアが閉まった瞬間、「たぶん」って付け加えたよね、祥くん。
はっとして、距離を取るわたしとは対照的に、涼しい顔で「もうちょっと寝る」と言って、祥くんは寝室に消えた。
「…ぅえええええ!?」
色気ゼロの叫び声が飛び出したから、祥くんが焦ってわたしの口を片手で覆った。
そのわたしの口に、意外に柔らかかった感触が、かなり生々しく残ってる。
…意外にってなんだ、わたし!
「お前、雰囲気とか作れないの?うるせぇよ。幸大が起きる。落ち着いて、深呼吸しろ」
祥くんの方こそ、そんな雰囲気まるでなかったくせに!さっきまでは怖い顔しかしてなかった!
それなのに、不意打ちのキスの後、祥くんがいつもと変わらない様子で、馬鹿にしてくる。
これじゃあ、深呼吸もできないよ、って口に被さった彼の手を叩いてアピールしてみる。
「でかい声出すなよ」
鼓膜に響く祥くんの低い声に、なぜか体を少し震わせながらも、小さくうん、と頷いてみせたら、祥くんがゆっくり手を離した。
「祥くんってわたしのこと、好き、なの?」
勘違いすんなよ、って言われる可能性があるってことは、全然考えていなくて。
深呼吸のことなんかすっかり忘れ、心に浮かんだ疑問を口に出してしまっていた。
自意識過剰にしか聞こえない自分の台詞が、耳に入るとすぐに、ちょっと驚いたような祥くんの顔が目に入る。
あ、勘違いだったか、って顔が熱くなる。だってだって、祥くんがキス、したんだもん。
なんで?なんでわたしにキスなんか?
「いちいち言葉にしないとわからねえ?」
その言葉の裏を考えたら。今度は反対の意味で赤面した。
次に彼の顔が近づいてきたのを感じたときには、もう目を閉じて、ぴったりと隙間なく合わさってくる唇を受け止めていた。
「ん…」
情熱的なキスってこういうのなんだ、って頭の片隅で感じる。戸惑いも、遠慮も、わだかまりも、全部なぎ倒してしまうような激しさ。
心の中は、そうして、あっという間に静まり返った。
でも―…心臓はドッキンドッキンと弾んで、熱い血液をせわしなく送り続けるから。
体が熱い。頬も熱い。
「はぁ…っ」
長いキスの合間に、息継ぎみたいに一瞬だけ、祥くんの唇が離れて角度を変えるときには、乱れたため息が漏れる。
ようやく、離れたとき、祥くんは、いつもと変わらない、からかうような笑みを浮かべて、そうっと耳元に口を寄せて囁いた。
「積極的」
いつの間にか、自分の両腕が、彼の首に絡み付いていた。
あわててほどいたものの、片手の手首を掴まれてるだけで、抵抗することくらいできたのに、祥くんのキスを躊躇いなく受け入れたわたし。
自分の中で眠らせていた感情が覚醒したことを、自覚せざるを得なかった。
しかしこの腕め、たしかに、恥ずかしい!猛烈に。どこかに隠れてしまいたい…。
「ガキの癖に、そんなエロい顔できるんだ?」
そう思ってたのに、そんな意地悪なことを言ってわたしの羞恥心を煽り、祥くんがニヤニヤしながらわたしの顔を覗き込むから。
「…ガキじゃないって何回も言ってるでしょ。もう大人だからね?」
って言って、祥くんのTシャツの胸元をぐいっと引っ張って、キスしてやった。悔しいけど、ちょっと声が震えたかも。
「…あれ?」
予想に反して、祥くんの顔がかすかに赤く染まっている。
「照れ、てる、の…?」
祥くんこそ、そんな顔できるんだ?思った以上の反応に、戸惑っているわたしに。
「後悔させてやる」
祥くんが、そう吐き捨てて、今度は馬乗りになって両手を押さえつけてきたとき。
「うっわ!!あ、…いいところだったね?あはっ、ごめーん」
何の緊張感もない明るい声が、少し開いたままのドアの向こうから聞こえた。
「俺さ、トイレに行きたいだけだったんだけどねー。せっかくだから、ちょっと見ててもいい?」
…幸くん。
「あれっ?そう言えば、ふたり、昨日まではそういう関係じゃなかったよね?え、なに、もしかして、祥生、無理矢理?うわ、俺、海空ちゃんを助けた方がいい!?」
幸くん…。
「ややこしくなるからあっちへ行け(行って)」
途中までは完全に祥くんと声が重なっていた。
「昨日は、ほんとにふたりだけで飲んだの?」
わたしも眠っている間、人の声がうるさくて目が覚めたたって記憶もない。ふたりであの量のアルコールを摂取した可能性は高いけど、なんせ量が多すぎる。
「うん。今度こそ祥生をつぶしてやろうと思ったのになー。俺、二日酔いだよ、頭いてー」
幸くんがけたけた笑いながら、水をがぶがぶ飲んでいる。
「お前につぶされるはずねえだろ」
涼しい顔で、でもいつもよりだるそうに、祥くんはテーブルに肘を突いてぼんやりしている。
「でも、いつもより素直でかわいいこと言ってたな、祥ちゃん」
幸くんが祥くんの耳に口を寄せてそうからかうと、祥くんは無言で幸くんの頭をグーで殴っていた。
「いってー!!ちょっとは加減しろー!」
「へえ。お酒飲むと祥くん素直になるんだ?」
「そうそう。初恋の話もしてくれたしな、あとは…」
「ええっ!?」
祥くんが幸くんの口も鼻も抑えてしまったから、幸くんは大暴れしてる。興味深い単語が出てきたから、幸くんの話を聞きたいのにな。
でも、祥くんは、幸くんを抑えつけたままで、わたしまで睨んでくる。こわ。
「つまんねえこと言わずにさっさと飯作れよ」
「あ、うん」
もたもたとサンドイッチを作っているわたしに痺れを切らしたらしく、祥くんが幸くんを開放し、キッチンに入ってきて、手伝ってくれる。
具材は準備できていたから、それぞれで、パンにはさみこんでいく。
真ん中に積んであったパンを取るときに、同じように手を伸ばしてきた祥くんの指が触れて、体がびくっと跳ねた。
「意識し過ぎ」
確かに。今まで何ともなかったのに。もう、何その意地悪い顔は!
「祥くんのせいだよ」
幸くんに聞えないように、小声で言い返す。
「人のせいにすんな」
「じゃあわたしが悪いの?」
「外で他の男と抱きあってくるからな」
「だ、抱き合ってない!」
「男物の香水つけて帰って来たじゃねえか」
「…もしかして、妬いてるの?」
「あぁ?」
「祥くん、ヤキモチやいてるんだ?」
「…お前、俺の気持ちを知ったら生意気になったな」
「素直にそうだって言えばいいのに」
「バカ」
「はあ?」
「もーう!!朝からいちゃいちゃし過ぎ!!俺も彼女に会いたくなっちゃったじゃないかー!!」
ダイニングから、幸くんの叫び声が聞こえてくる。最初は小声で話していたはずなのに、ヒートアップして大きな声になっていたらしいわたしたち。
っていうか。
「幸くん、彼女いるんだ…」
「そこ、びっくりするとこ!?」
「あ、朝ごはんできたよ、食べようか」
「海空ちゃん、無視しないで!」
だって、幸くん、構えば構うほど騒々しいんだもん。厚かましく誰にでもハグしようとしてくるし、落ち着きがないし、どうしても年上とは思えない。
ほんとに彼女いるのか、って思うのも無理はないと思う。
でも、突然、祥くんと、その…、キス、とかしちゃったから。
幸くんがいなかったら、もっと気まずかったかもしれない。心の中でだけ、幸くんに感謝しておこう。
だから。
「帰るわ」
満腹になった幸くんが、こう言って、玄関で靴を履くのが、嫌だ。
「えっと…、帰る」
ドアに向かおうとしているのが、嫌だ。
「…海空ちゃん、俺、帰りたい」
「…うん」
でも、もう少し、いてほしい。
「帰るから」
「うん」
「手、離して?」
「まだ」
「……」
ああ、うまく言えない。でも、掴んだ幸くんの服を放すこともできない。
昨日で仕事が終わったって言うのも知ってる。幸くんが早く帰って彼女に会いたいのもわかった。
でも、幸くんが帰ると、困る。俯いてあれこれ考えてると、急にがばっと抱きしめられた。
「ひゃああああ!」
「なにこの生き物、かわいいんだけど!連れて帰ろっか!」
わ、わたしはペットじゃない!
思いのほか力の強い幸くんの腕から逃れようとジタバタしてると、案の定「調子に乗んな」って祥くんが引きはがしてくれた。
「自意識過剰。別に今更、襲わねえし」
そ、そっか。そうだよね。
真っ赤になった私は、ようやく幸くんから手を離した。
けど、幸くんが出て行ったドアが閉まった瞬間、「たぶん」って付け加えたよね、祥くん。
はっとして、距離を取るわたしとは対照的に、涼しい顔で「もうちょっと寝る」と言って、祥くんは寝室に消えた。