結婚したいから!
よき理解者は親友たち
独身3者での、なんともわびしいクリスマスイブだ。学生だったり、結婚願望がなかったりしたら、それほどその寂しさは身に沁みないと思うけれど。
残念ながら、わたしたちはそれぞれに、結婚したいと言う気持ちを抱いている。
わたし、紗彩、コーイチ。
この3人で、よく来るようになった、気楽な雰囲気の居酒屋は、今夜も、意外に混んでいる。イブだから、恋人たちの来そうにないお店は、空いているかと思ったのだ。
でも、予想外に、カップルの姿もあるし、わたしたちみたいに友達と飲んでいる人たちの姿も見える。
「ねえ、紗彩、彼のところ行かなくていいの?」
わたしやコーイチとは違って、紗彩にはちゃんと恋人がいるはずだ。
「いいの、あんな奴」
…どうやら、また喧嘩したらしい。
「3人で、独身同盟、結ぼうか」
紗彩が、暗い瞳で、わたしとコーイチの目をかわるがわる覗き込んでくる。
「なんだよ、その、明らかに寂しいネーミングの団体」
コーイチが切ない声で抗議する。
「誰かが結婚するときには、残り2者の許可を得ること」
紗彩の瞳は、より暗さを増していく。
「ちょっと!何その、足をひっぱる規定は!誰も結婚できなくなる同盟なの!?」
紗彩が、にっこりと、怖いくらいに美しい作り笑顔を張り付けて、こちらを振り向いた。
「何を言うの。わたしたち、親友でしょ。とことん運命を共にするのよ」
うわ!紗彩が怖い!!と、わたしとコーイチは大騒ぎするのに、紗彩だけは不気味にふふふと笑っていた。
よっぽど、彼氏との喧嘩が激しかったに違いない。完全に友情を履き違えている。
そんなことを言ってたくせに。
「あれ?紗彩、電話鳴ってないか?」
コーイチが言うと、すぐに鞄に手を突っ込む紗彩。メールが届いていたらしく、画面を操作し、内容を確認した紗彩は、何事もなかったかのように、こう言った。
「じゃ、あたし帰るわ」
「おい!!」
「独身同盟はどうなったの!」
どういう文面だったのか、二人分の抗議の声も全く聞こえない様子で、こちらを振り返りもしないでさっさと帰っていく紗彩は、きっと彼の元へ向かうのだろう。
「そんなに好きなら、結婚すりゃあいいのにな」
ひとり欠けた席で、コーイチがくすくす笑い出す。
「でも、紗彩の方が消極的みたい」
たしか、そんなようなことを言っていた。
結婚していた彼氏が、紗彩に心変わりして離婚したってことを、今度は本命になった立場から考えると、複雑な気持ちらしかった。同じことが、繰り返されないとも限らない、って。
ただ、すでに、紗彩の彼と、当時の奥さんとは不仲だったらしいけど。紗彩は結果だけを気にしている。
そんな、いつもの紗彩らしくない姿にも、わたしは彼女の恋が本物であることを感じて、微笑ましく思っている。
「へえ。変なもんだな」
不思議そうにしているコーイチは、今日も黒縁めがねで武装している。
澄んだ目を隠して、表情を読まれないように。
「コーイチって、どうしてそんなに綺麗な顔してるんだろうね。眼鏡取って?」
もう少し、首が細くて、肩も薄かったら、綺麗な女の人に見えるくらいだ。
意外に素直に眼鏡を取って見せてくれる。わたしの前では、構えてなくてもいいって思うようになってくれたかな。
「ミクもそう思うんだ。俺の顔とかどうでもいいのかと思ってたけど」
「ふふ。確かに、どうでもいいかも。わたし、コーイチがお化けみたいな顔でも、友達になったよ」
「どんな顔だ、それ」
って、笑う顔は、やっぱり、彼の心を映してるみたいに、澄んで見えた。
「誰に似てるの?お父さん?お母さん?」
「母親に似てるらしい。俺の親父、お袋にべた惚れだから、『お前も女の子ならよかったのに』って昔からうるさかったよ」
コーイチが笑う。仲のいいご両親なんだな。
お父さんは見たことないけど、少し前に、紗彩と豪邸にお邪魔したとき、お母さんには会ったことがある。
うまく言えないけど、確かに壮絶な美人だった。
でも、コーイチと似てたかなぁ。コーイチは、見れば見るほどどんどん綺麗に思えてくる、って顔立ちだけど、お母さんは、ぱっと見ればすぐわかる派手な美人だった。
わたしの顔色を読んだかのように、コーイチはこう言った。
「あ、社長夫婦の話じゃないよ」
え?ご両親は、不動産会社を経営してた、と思うんだけど。社長じゃなくて、会長とか?
「俺、養子だから」
何でもないことのように言われて、わたしはきょとんとしてしまった。
「血筋で言うと、俺は社長の甥に当たるんだ。俺のお袋が、社長の妹。社長夫婦は娘がひとりいるだけでさ。その娘が婿でも取ればよかったんだけど、医者と結婚しちゃったらしくて。
社長は、どうしようかって困ってたところに、俺がまぐれでいい大学の経済学部に合格したって話を聞いたらしくて、突然、養子に来いって言いだした」
そういうことか。そうなんだ。
「だから、俺は、根本は庶民。逆にいい社長になれそうだろ」
茶化したように言うコーイチは、すっきりした顔をしているけど。
なんて言ったらいいかわからなくて、一瞬考えた。
「うん。なれそうだよ」
どんな育ちだろうが、コーイチなら、きっといい仕事ができるんだろうな、ってことはわかるから、わたしはそれを肯定するだけだ。
「だから、俺とか、僕とか、一人称を使い分けてるの?」
いつ疑問に思ったんだっけ。
それを思い出す前に、言葉が出ていた。
「え?」
それだけ言うと、コーイチは少し、考え込んでしまった。
「基本的には、僕って言ってるつもりだったけど」
確かに、初めは僕、って言ってたはずだ。あ、でも、あの頃のコーイチにまつわる記憶は消去したんだった。
「たしかに、高校生までは、俺って言ってたかな」
それって…、養子になるまで、ってことだ。
「なんて言うのか…、今でもときどきそうだけど、二つの人格が統合できてないような気がする時がある。結城の家にふさわしい人間になれるように、自分を持ち上げて行ったっていうか」
うーん、母とふたりで、気楽に生活してきたわたしには、想像できない世界だな。
「ガキみたいだけど、養子に出されたときには、実の両親に対しても反発する気持ちが強かったしな。ただでさえ、よくできる兄貴を見ながら育ってたからさ、いよいよ捨てられたなって思ったし」
あはは、って笑いながら、ビール飲んでるけど、どう考えても笑える話ではない気がする。
それに、どこかで聞いたことがあるような話だ。「コーイチって、なんて言うのか…、強いんだね」
「お?どんだけなよなよしてるって想像してたんだよ」
「ふふふふふ」
「笑って誤魔化すな」
なよなよしてるって思ってたわけじゃないけど。暗いところとか、尖ったところとか、見たことがなかったから。
子どもっぽいって言うのか、苦労知らずって言うのか、悩みなく生きてきた人だと思いこんでいた。
涼しい顔の下で、色んな感情を飲み込んできた人なのかもしれない。悩んだことをちゃんと消化してるから、すっきりした顔をしてるのかもしれない。
そう感じると、なんだか自分が恥ずかしくなった。嫌なことも辛いことも、顔に丸出し。
親にも、友達にも心配をかけたうえに、仕事にも差し障るくらい落ち込んでるって、大人としてどうなんだろう。
残念ながら、わたしたちはそれぞれに、結婚したいと言う気持ちを抱いている。
わたし、紗彩、コーイチ。
この3人で、よく来るようになった、気楽な雰囲気の居酒屋は、今夜も、意外に混んでいる。イブだから、恋人たちの来そうにないお店は、空いているかと思ったのだ。
でも、予想外に、カップルの姿もあるし、わたしたちみたいに友達と飲んでいる人たちの姿も見える。
「ねえ、紗彩、彼のところ行かなくていいの?」
わたしやコーイチとは違って、紗彩にはちゃんと恋人がいるはずだ。
「いいの、あんな奴」
…どうやら、また喧嘩したらしい。
「3人で、独身同盟、結ぼうか」
紗彩が、暗い瞳で、わたしとコーイチの目をかわるがわる覗き込んでくる。
「なんだよ、その、明らかに寂しいネーミングの団体」
コーイチが切ない声で抗議する。
「誰かが結婚するときには、残り2者の許可を得ること」
紗彩の瞳は、より暗さを増していく。
「ちょっと!何その、足をひっぱる規定は!誰も結婚できなくなる同盟なの!?」
紗彩が、にっこりと、怖いくらいに美しい作り笑顔を張り付けて、こちらを振り向いた。
「何を言うの。わたしたち、親友でしょ。とことん運命を共にするのよ」
うわ!紗彩が怖い!!と、わたしとコーイチは大騒ぎするのに、紗彩だけは不気味にふふふと笑っていた。
よっぽど、彼氏との喧嘩が激しかったに違いない。完全に友情を履き違えている。
そんなことを言ってたくせに。
「あれ?紗彩、電話鳴ってないか?」
コーイチが言うと、すぐに鞄に手を突っ込む紗彩。メールが届いていたらしく、画面を操作し、内容を確認した紗彩は、何事もなかったかのように、こう言った。
「じゃ、あたし帰るわ」
「おい!!」
「独身同盟はどうなったの!」
どういう文面だったのか、二人分の抗議の声も全く聞こえない様子で、こちらを振り返りもしないでさっさと帰っていく紗彩は、きっと彼の元へ向かうのだろう。
「そんなに好きなら、結婚すりゃあいいのにな」
ひとり欠けた席で、コーイチがくすくす笑い出す。
「でも、紗彩の方が消極的みたい」
たしか、そんなようなことを言っていた。
結婚していた彼氏が、紗彩に心変わりして離婚したってことを、今度は本命になった立場から考えると、複雑な気持ちらしかった。同じことが、繰り返されないとも限らない、って。
ただ、すでに、紗彩の彼と、当時の奥さんとは不仲だったらしいけど。紗彩は結果だけを気にしている。
そんな、いつもの紗彩らしくない姿にも、わたしは彼女の恋が本物であることを感じて、微笑ましく思っている。
「へえ。変なもんだな」
不思議そうにしているコーイチは、今日も黒縁めがねで武装している。
澄んだ目を隠して、表情を読まれないように。
「コーイチって、どうしてそんなに綺麗な顔してるんだろうね。眼鏡取って?」
もう少し、首が細くて、肩も薄かったら、綺麗な女の人に見えるくらいだ。
意外に素直に眼鏡を取って見せてくれる。わたしの前では、構えてなくてもいいって思うようになってくれたかな。
「ミクもそう思うんだ。俺の顔とかどうでもいいのかと思ってたけど」
「ふふ。確かに、どうでもいいかも。わたし、コーイチがお化けみたいな顔でも、友達になったよ」
「どんな顔だ、それ」
って、笑う顔は、やっぱり、彼の心を映してるみたいに、澄んで見えた。
「誰に似てるの?お父さん?お母さん?」
「母親に似てるらしい。俺の親父、お袋にべた惚れだから、『お前も女の子ならよかったのに』って昔からうるさかったよ」
コーイチが笑う。仲のいいご両親なんだな。
お父さんは見たことないけど、少し前に、紗彩と豪邸にお邪魔したとき、お母さんには会ったことがある。
うまく言えないけど、確かに壮絶な美人だった。
でも、コーイチと似てたかなぁ。コーイチは、見れば見るほどどんどん綺麗に思えてくる、って顔立ちだけど、お母さんは、ぱっと見ればすぐわかる派手な美人だった。
わたしの顔色を読んだかのように、コーイチはこう言った。
「あ、社長夫婦の話じゃないよ」
え?ご両親は、不動産会社を経営してた、と思うんだけど。社長じゃなくて、会長とか?
「俺、養子だから」
何でもないことのように言われて、わたしはきょとんとしてしまった。
「血筋で言うと、俺は社長の甥に当たるんだ。俺のお袋が、社長の妹。社長夫婦は娘がひとりいるだけでさ。その娘が婿でも取ればよかったんだけど、医者と結婚しちゃったらしくて。
社長は、どうしようかって困ってたところに、俺がまぐれでいい大学の経済学部に合格したって話を聞いたらしくて、突然、養子に来いって言いだした」
そういうことか。そうなんだ。
「だから、俺は、根本は庶民。逆にいい社長になれそうだろ」
茶化したように言うコーイチは、すっきりした顔をしているけど。
なんて言ったらいいかわからなくて、一瞬考えた。
「うん。なれそうだよ」
どんな育ちだろうが、コーイチなら、きっといい仕事ができるんだろうな、ってことはわかるから、わたしはそれを肯定するだけだ。
「だから、俺とか、僕とか、一人称を使い分けてるの?」
いつ疑問に思ったんだっけ。
それを思い出す前に、言葉が出ていた。
「え?」
それだけ言うと、コーイチは少し、考え込んでしまった。
「基本的には、僕って言ってるつもりだったけど」
確かに、初めは僕、って言ってたはずだ。あ、でも、あの頃のコーイチにまつわる記憶は消去したんだった。
「たしかに、高校生までは、俺って言ってたかな」
それって…、養子になるまで、ってことだ。
「なんて言うのか…、今でもときどきそうだけど、二つの人格が統合できてないような気がする時がある。結城の家にふさわしい人間になれるように、自分を持ち上げて行ったっていうか」
うーん、母とふたりで、気楽に生活してきたわたしには、想像できない世界だな。
「ガキみたいだけど、養子に出されたときには、実の両親に対しても反発する気持ちが強かったしな。ただでさえ、よくできる兄貴を見ながら育ってたからさ、いよいよ捨てられたなって思ったし」
あはは、って笑いながら、ビール飲んでるけど、どう考えても笑える話ではない気がする。
それに、どこかで聞いたことがあるような話だ。「コーイチって、なんて言うのか…、強いんだね」
「お?どんだけなよなよしてるって想像してたんだよ」
「ふふふふふ」
「笑って誤魔化すな」
なよなよしてるって思ってたわけじゃないけど。暗いところとか、尖ったところとか、見たことがなかったから。
子どもっぽいって言うのか、苦労知らずって言うのか、悩みなく生きてきた人だと思いこんでいた。
涼しい顔の下で、色んな感情を飲み込んできた人なのかもしれない。悩んだことをちゃんと消化してるから、すっきりした顔をしてるのかもしれない。
そう感じると、なんだか自分が恥ずかしくなった。嫌なことも辛いことも、顔に丸出し。
親にも、友達にも心配をかけたうえに、仕事にも差し障るくらい落ち込んでるって、大人としてどうなんだろう。