結婚したいから!
はあ。って、珍しくため息をつきながら、受話器を叩きつけるように置く理央さんに、違和感を感じた。
わたしは、お客さんとの相談を終えて、一旦事務所に戻ってきたところだ。
「ど、どうしたんですか、理央さん」
何か、仕事でいらいらしてるなら、話を聞くくらいはできるかもしれないと思った。でも、それはとんだ見当違いだった。
「海空ちゃんの元彼から」
……。
「へえっ!?」
変な声が漏れたものの、びっくりしすぎて、その後は言葉が続かない。
「海空ちゃんがちゃんと仕事に出て来てるかって。俺から電話があったことは話さないでほしいって。ときどき、他の部を経由して、私宛にかかってくるよ」
祥くん、だ……。
今、ここに電話を、かけてきたんだ……。まだ、彼のことを思い出すたびに、胸がずっきん、って痛むけれど、それはもう、わたしが我を失うほどの痛みではない。
祥くんとお別れしたのは、11月の初めだった。もう新しい年が始まっているのに、な。
きっと、祥くんの胸だって、まだちょっとは痛いから、こうしていまだにわたしのことを心配してくれているんだって思うと、またわたしの胸の痛みが薄れたような、甘くなったような、そんな気がする。
「今日は、仕事が忙し過ぎてイライラしてたから、『一応来てるけど、あなたと別れて以来ずっと元気がないです』って言ってやったわ。どうせだし、そんなに心配なら別れるなって言えばよかったかな」
ちょ、ちょっと!!なんて怖いもの知らずなんだろう、この人!!前から、ときどき感じてたけども!
「りり、理央さん!!わたし、そんなこと、全然知らなくて、すみませんでした。ご迷惑をおかけしちゃって。
…あの、今度、もし、今度、また、かかってくることがあったら」
祥くんの様子を思い浮かべる。あのオフィスで、仕事の合間に、電話してくるんだろう。
もしかしたら、幸くんも、祥くんがわたしを心配してるってこともあって、わたしに会いに来たのかもしれない。
次に、また、祥くんからの電話があるとは限らないけれど。
「あったらで、いいんですけど。わたしは、新しい恋人もできてすっごく元気だって言ってください。
あ、残念ながら嘘ですよ。でもいいんです。そう言えばきっと、もう彼から電話もかかって来ないし、理央さんのお仕事の邪魔にもならないと思いますから」
理央さんが、くすっと笑って「わかった」って言ってくれる。
「へー、『彼』って誰のこと?なんか面白そうな話だなー」
「わあ!!」
で、出た!ライバル!気配もなかったのに、背後から声がして、びっくりするけど、その声はライバルの香山くんに間違いない。
「九条さんって、ガード堅そうなのに、わざわざ電話してくる男がいるんだ?」
ち、近い、無駄に!慌てて、香山くんから距離を取る。
「香山くんのガードが甘すぎるの!電話はわたしじゃなくて、理央さんにかかってくるの!
…っていうか、もう、何でもいいから放っておいて!」
香山くんは、甘いって言うか、ガードすらない気がする。
「ふーん。俺、よかったら新しい恋人のふりしてあげるけど?」
どかっと自分の椅子に座ると、持って来た資料をバン、と机に置く。
もう、いちいち物音がうるさくて嫌。干渉してくるのが嫌。頭が軽すぎるのが嫌。意外に仕事ができるのが嫌。
…とまあ、とにかくわたしの気に障る。
「もう、ふりとかいらない」
祥くんの婚約者のふりをしてた時期を思い出しちゃうと、やっぱり胸がずきずき。
「ほんとの恋人の方がいいってことかぁー」
「違うから!!」
えーい、わけがわからない!!この人の頭、どうかしてる!!軽すぎる!!
こんなふうに、日常を過ごしていくうちに、ちゃんと、わたしの中に巣くっていた痛みには、耐えられるようになってきた。
やっぱり、世の中は、わたしと祥くんだけじゃなかった。
いろんな人がいて、そういう人たちと関わりを持って、自分が形成されていくのだから、きっと、わたしは祥くんだけの世界には閉じこもっていてはいけなかったんだろう。倒れちゃったのも、わたしの中の警報が鳴ったのかもしれない、って今は思える。
楽しいことも、嫌なことも、あるけれど。自分の予言通り、彼氏どころか、好きな人すら、できないけれど。
ひとりも、案外、悪くない。
わたしは、お客さんとの相談を終えて、一旦事務所に戻ってきたところだ。
「ど、どうしたんですか、理央さん」
何か、仕事でいらいらしてるなら、話を聞くくらいはできるかもしれないと思った。でも、それはとんだ見当違いだった。
「海空ちゃんの元彼から」
……。
「へえっ!?」
変な声が漏れたものの、びっくりしすぎて、その後は言葉が続かない。
「海空ちゃんがちゃんと仕事に出て来てるかって。俺から電話があったことは話さないでほしいって。ときどき、他の部を経由して、私宛にかかってくるよ」
祥くん、だ……。
今、ここに電話を、かけてきたんだ……。まだ、彼のことを思い出すたびに、胸がずっきん、って痛むけれど、それはもう、わたしが我を失うほどの痛みではない。
祥くんとお別れしたのは、11月の初めだった。もう新しい年が始まっているのに、な。
きっと、祥くんの胸だって、まだちょっとは痛いから、こうしていまだにわたしのことを心配してくれているんだって思うと、またわたしの胸の痛みが薄れたような、甘くなったような、そんな気がする。
「今日は、仕事が忙し過ぎてイライラしてたから、『一応来てるけど、あなたと別れて以来ずっと元気がないです』って言ってやったわ。どうせだし、そんなに心配なら別れるなって言えばよかったかな」
ちょ、ちょっと!!なんて怖いもの知らずなんだろう、この人!!前から、ときどき感じてたけども!
「りり、理央さん!!わたし、そんなこと、全然知らなくて、すみませんでした。ご迷惑をおかけしちゃって。
…あの、今度、もし、今度、また、かかってくることがあったら」
祥くんの様子を思い浮かべる。あのオフィスで、仕事の合間に、電話してくるんだろう。
もしかしたら、幸くんも、祥くんがわたしを心配してるってこともあって、わたしに会いに来たのかもしれない。
次に、また、祥くんからの電話があるとは限らないけれど。
「あったらで、いいんですけど。わたしは、新しい恋人もできてすっごく元気だって言ってください。
あ、残念ながら嘘ですよ。でもいいんです。そう言えばきっと、もう彼から電話もかかって来ないし、理央さんのお仕事の邪魔にもならないと思いますから」
理央さんが、くすっと笑って「わかった」って言ってくれる。
「へー、『彼』って誰のこと?なんか面白そうな話だなー」
「わあ!!」
で、出た!ライバル!気配もなかったのに、背後から声がして、びっくりするけど、その声はライバルの香山くんに間違いない。
「九条さんって、ガード堅そうなのに、わざわざ電話してくる男がいるんだ?」
ち、近い、無駄に!慌てて、香山くんから距離を取る。
「香山くんのガードが甘すぎるの!電話はわたしじゃなくて、理央さんにかかってくるの!
…っていうか、もう、何でもいいから放っておいて!」
香山くんは、甘いって言うか、ガードすらない気がする。
「ふーん。俺、よかったら新しい恋人のふりしてあげるけど?」
どかっと自分の椅子に座ると、持って来た資料をバン、と机に置く。
もう、いちいち物音がうるさくて嫌。干渉してくるのが嫌。頭が軽すぎるのが嫌。意外に仕事ができるのが嫌。
…とまあ、とにかくわたしの気に障る。
「もう、ふりとかいらない」
祥くんの婚約者のふりをしてた時期を思い出しちゃうと、やっぱり胸がずきずき。
「ほんとの恋人の方がいいってことかぁー」
「違うから!!」
えーい、わけがわからない!!この人の頭、どうかしてる!!軽すぎる!!
こんなふうに、日常を過ごしていくうちに、ちゃんと、わたしの中に巣くっていた痛みには、耐えられるようになってきた。
やっぱり、世の中は、わたしと祥くんだけじゃなかった。
いろんな人がいて、そういう人たちと関わりを持って、自分が形成されていくのだから、きっと、わたしは祥くんだけの世界には閉じこもっていてはいけなかったんだろう。倒れちゃったのも、わたしの中の警報が鳴ったのかもしれない、って今は思える。
楽しいことも、嫌なことも、あるけれど。自分の予言通り、彼氏どころか、好きな人すら、できないけれど。
ひとりも、案外、悪くない。