結婚したいから!
「どういう感じがいいのぉ?」

ピンクさんが、今度は刈り上げてるのかってくらい、短くなった髪で、わたしと一緒に大きな鏡の中を覗き込んでいる。相変わらず、色だけはまばゆいピンクだ。

すいぶんと気持ちも落ち着いたし、今日は髪形を変えてもらおうと思って、ピンクさんのサロンにやってきた。

「一新、って気分なんですけど。どういう感じがいいんでしょうね」

伝わったのかどうなのか、へえぇ、って楽しそうに、ピンクさんが笑いながら、わたしの長い髪を持ち上げている。


「切っちゃってもいーい?」


「え」

「あ、駄目ならいいのぉ」

そっか。そういう選択肢も、あったな。

いつからか、ずっと長く伸ばしていたけれど。ロングヘアにしてたから早く結婚できるってことも、当然なく、すでに26歳になっているわたし

「切っても、おかしくないと思いますか?」

「うん。おすすめよぉ。切ってみれば、わかるよぉ」

ピンクさんは、そういいながら、にこにこしている。だから、彼女の感覚を信じて、思い切ってお願いしたのだ。
ああ、わたしの髪の毛が束になって、落ちてゆく。

あまり顔や体格に特徴のないわたしは、「あの髪の長い子」って言われることが多かった。それだって大した特徴じゃないけど、それすらなくなったら、どんなわたしになるんだろう。

そう思いながら、切り離された毛束たちをを見ていると、何とも言えない気持ちになってくる。


ときどきは、祥くんが、撫でてくれたことも、あったっけ。それを思い出すと、やっぱり、切ってしまった方がいいような気もした。

祥くんにも、わたしは男の人が苦手だって言われた。香山くんにも、言われた。親しかった人だけならまだしも、そうでない人にも言われるって、よっぽどなのかな。

好意を寄せている人には、全面的に安心して寄りかかり過ぎてしまうし、そうでない人なら、過剰な拒否反応が出るし。両極端なところが、男の人に慣れてないって言われるのかな。

自覚が出てくると、原因を知りたくなる。
新年会の日には、思わず本人を目の前にして、言ってしまったけど、やっぱり、父に育てられなかったってことが一番の原因じゃないかって思う。おじいちゃんはいたけど、わたしが高校生になってすぐ亡くなってしまったし、母とおばあちゃんが違うように、おじいちゃんは父ではないって思う。

それから、幼馴染で、初恋相手だった祥くんと、意に沿わないお別れをしたこと。知らない男の子たちに傷つけられて、祥くんとも何も話すことなく離れることになってしまった。

身近に親しい異性が存在しない状態で、子ども時代を過ごしたのだ。

そのまま、女子高、女子短大に進学してしまったわたしは、いい意味でも悪い意味でも、男の人に対する抗体が不完全なまま大人になってしまったのかもしれない。


そこまで思考が進み、ふと、サロンに入ったときと同じように、ピンクさんが鏡越しににっこりしてわたしを見つめていることに気がついた。

カットもカラーも終わったらしい。
「ああ、頭が軽くて…、自由になった感じがします」

「うふふ。長い髪から解放されたのねぇ」

「変じゃ、ない、ですか?」

「もちろんよぉ」

解放。ピンクさんのその言葉が、やけに頭に残る。

顎くらいの長さで切りそろえられた髪が揺れて、頬がくすぐったい。元のストレートはそのままで、カラーで色をずいぶん明るくした。その色と、髪の短さで、何もかもが軽やかに見える。

こうして室内にいると、一年で一番寒い時期だってことすら、忘れそうだ。

「なんかちょっと、寒いです」

「そうねぇ、慣れないと、そうかもぉ。でも、そこ、海空ちゃんのチャームポイントよぉ」

「わたしって、どこか寒いですか?」

「ちがうのぉ。首よ、首。寒いけど、マフラー巻くの、もったいないかもぉ」

「ええっ」
「ふふふ。知らなかったんだぁ?ずっと髪が長かったんでしょぉ、うなじが白くてきれいぃ」

そんなこと、言われたことがない。でも、暑苦しいと言われようが、夏でも髪はハーフアップにする程度だったから、確かに日には焼けてないかもしれない。

「赤くなったぁ。かわいいぃ」

なんか、気恥ずかしくて、サロンから出たら、逆に、マフラーをぐるぐる巻きにしてしまった。

それなのに、2月に入ったせいだろうか、首を冷たい空気がさすように冷えるのは。隠れていたコンプレックスが表に出て、外気にさらされてるみたいに。

そう思いつくと、さらに首を縮めながら、わたしは家に向かって歩いていた。
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