結婚したいから!
七転び八起きの精神で新たな道を
新規顧客の開拓業務
確かに、「早く会いたい」って、思ったけど…、思ったけども。
普通は、誰かを紹介してもらって、その人との仲がうまく発展しなかったからって、すぐに別の人を紹介してもらうことはない。
どんなに交流のあった期間が短くても、こちらがお断りしようが、あちらからお断りされようが、そんな経緯は、わたしの場合、ほとんど関係ない。
少なくとも、数週間は、自分の精神状態を落ち着かせる時間が必要だと思う。これまでの数少ない経験から言っても、わたしにとってはその時間は欠かせないのだろう。
…というのは。
「ねえ、海空ちゃん。じゃあ、また明日までに、探しておくから、14時に来て」
理央さんの、その言葉に、心の中で、「鬼!」と叫んだ。
まあ、確かに、理央さんは仕事の鬼なんだろう。
わたしが、結城さんのことを報告してから、おそらく翌日には結城さんにも話をする場を設けて、うまく話をまとめたに違いない。
なんと、そのまた翌日には別の人の経歴が書かれた「紹介カード」を用意して、わたしを会社に呼びつけたのだ。
…切り替えられない!頭の中だか、心の中だかが、よくわからないけど、ごちゃごちゃしていて、理央さんの話も頭に入ってこないし、紹介カードの内容も上手く読み取れない。
そんな状態なのに、これも「仕事」なのかと思うと、断る言葉も見つからない。
それでも、なんとか紹介カードの相手と、会うこと数回。
どれもこれも、全然話が進まなかった。
今の私には、初対面での拒否権がないのだから、この場面からの進展がないのは、相手側にわたしと付き合ってみようと言う意思がなかったということに他ならない。
自分の意思はともかく、簡単に言えば、今のわたしは異性に「フラれ続けてる」ってことだ。
それでも、理央さんは、わたしがフラれてばっかりでなんだか恥ずかしいと思う暇もないくらい、次の相手を見繕ってくる。
そんなふうに、流される日々を送りながらも、結城さんとの関係を解消してから、そろそろ3週間経つ。後から思えば、無意識のうちに、防衛本能が働いていたんじゃないかって、思った。きっとこの期間に、わたしは次の恋に踏み出すためのエネルギーか何かを蓄えていたに違いない。
5月に入って、初夏らしい気温に、半袖を出そうかと、迷った日のことだ。
「すっごく、好み、です」
この誰ともお付き合いをしない空白期間に、すっかり通い慣れてしまった相談用ブースで、理央さんから見せられた1枚の「紹介カード」。
思わず呟いたわたしの声は、上ずって響いたけれど、それを気にする余裕もなかった。顔を上げれば、きっと、嬉しそうに微笑む理央さんの顔も見えただろうけど、カードの写真に釘づけだった。
一目惚れ。
そんな言葉さえ頭の中に浮かんでくる。見てるのは実物じゃなくて、写真だけど。紗彩に言わせれば、わたしは惚れっぽいらしいけど、自分ではそんなことないと思う。ちゃんと、何回か会って、あれこれ話してから、ちょっとずつ好きになっていく。
だから、一目見ただけで、こんなに惹かれた自分に、びっくりしている。
ちょっと野性味のある顔立ち。短く切ったままのナチュラルな髪。
一番、引き寄せられたのは、その顔に浮かぶ表情だった。
笑ってはいるけれど、微妙にカメラの方向から、目線がずれている。誰かに笑わされて、なんとか笑えた、って感じの恥ずかしそうな感じ。
写真を撮ったときの情景が目に浮かぶようで、この人に会ってみたいな、って思った。
そしてその印象が、間違いじゃなかったってことは、すぐにわかった。「はじめまして」
想像してたより、優しい話し方だなぁ…。
萩原コンサルティングサービスの、コーディネートルームにて。理央さんの話す声は、BGMみたいで、聞こえているのに、わたしの脳には全く足跡を残さなかった。
意外に、話すときに、噛んだりしないんだ…。
背筋がピンと伸びて、姿勢がいいみたい…。
高林 玲音(れお)
それが、彼に初めて会った時の、わたしの印象だった。
理央さんの仕事が忙しかったのか、彼の都合なのかはわからないけれど、写真を目にした日から、1週間が経っていた。わたしは、理央さんからの猛攻がストップしたのもあって、久しぶりに、静かな時間を過ごしたはずだ。
紗彩に紹介してもらったサロンにも、もう一度行って、ピンクさんにメイクを教わった。まだ、あんなに上手にはできないけど、日々実践中。
仕事にかまけてあまり買ってなかった私服も、時間をかけてお店をゆっくり見て回って、2着買った。理央さんに、「好き」なだけじゃなくて「似合う」服を着ろって言われたから。
でも、しっかり頭が働いていたわけじゃないらしい。だって、わたし、高林玲音さんに会って、なんて思った?
「想像してたより」とか、「意外に」とか、いう言葉がくっついてた。それって、まだ写真を見ただけなのに、この1週間、あれこれ妄想してたってことじゃない?
「…ちゃん、海空ちゃんってば!!」
両肩を掴んで、理央さんがわたしを揺さぶっていることに、ようやく気がついた。
「わわ、理央さん。近くで見るとかわいい…」
「はっ!?何言ってるの」
わたわたと自分の顔を隠して、わたしから慌てて離れる彼女。
なんか、しゃきしゃきと仕事をこなしてる姿とのギャップがまた…。仕事柄、なんだか耳の肥えた過激な発言をすることもあるけど、本来は純情なのかも。
「それより、海空ちゃん、大丈夫?しっかりして」
へ?と目を瞬かせると、高林玲音さんはもういなかった。ていうか、本当にこの部屋にいたんだろうか、って思うくらい現実味がない。
「『のぼせあがる』って、こういうことをいうんだ…」
そう呟いた理央さんの目がまっすぐわたしを捕らえていて、わたしの頬は一気に熱くなった。わたし、のぼせあがってたんだ!?やっぱり、彼に会ったことは現実らしい。
「だ、大丈夫です!しっかりしてますから!」
なぜか声が大きくなってしまった。
理央さんは、すっかりいつもの調子を取り戻して、ははって笑ってこう言った。
「海空ちゃんがそんなふうになったところ、初めて見た」あれから、2週間ほどが過ぎた。
あつ、と小さく声に出してしまう。5月も半ばにさしかかり、日差しは強くなるばかり。今日は今年初めて、日傘を出してみた。
ベージュの生地に同色の糸で花が刺繍されたこの日傘は、わたしのお気に入り。
でも、気分がここまで高揚するのは、その日傘をさして出かけたせい、だけじゃない。
塗り跡を残した白い壁には、角や下の方では、トーンが微妙に異なる色の煉瓦が使われている。大きなガラスの窓からは、ケーキの入ったショーケースが半分くらいみえる。
カランコロン
木目のドアを開けると、いつも聞こえるベルの音が、涼しげに響く。この音を聞くと、緊張と安堵が半分ずつ、わたしの心を占める。
「あ!海空さん、こんにちは」
ショーケースの向こうから、すぐに出てきてくれたのが、大山成史さん。
「こんにちは。お邪魔します」
わたしの声が聞こえて、ケースの向こうで、ぺこりと頭を下げてくれるのが、早川千歳さん。
よし、憶えた。社員で、かなり高い確率でお店にいるふたりの名前。クッキーを並べているアルバイトさんの名前はまだわからないけど…。
「ちょっと待ってて。すぐ呼んでくるか」
話しながらすたすたとキッチンに向かった大山さん。こちらに顔を向けていたせいだろう。
「ぐはっ!」
前から歩いてきた彼と、思い切りぶつかっていた。
「いってーな、玲音!お前の肩、凶器じゃねぇ?」
「あ?ごめん。俺ごついしね」
自分からぶつかっておきながら、文句を言う大山さんと、それに何も言い返さない玲音さん。彼らの掛け合いを見るのが、好きだ。
くすくす。こらえきれずに、笑っていた。
「みみみみみ海空ちゃん!!ああ、もうそんな時間だっけ!?」
「おい、声がでかいっ」
呆れる大山さんをよそに、玲音さんが手に持った籠から、ひとつづつラッピングされたマドレーヌが、ぼたぼたと落ちていく。「ケーキだったらどうするんですか」って、ぼやきながら、千歳さんが籠を奪って、マドレーヌを拾う。
「こんにちは、玲音さん」
自然に、顔がほころびていくことに、自分でも気が付いている。こうして、その姿を目にするだけで、胸が躍る。
「こんにちは!!ちょ、ちょっと、着替えてくるから、ちょっとだけ、待ってて!!」
「ちょっとは一回でいいっつぅんだよ…」
大山さんのツッコミも全く耳に入らない様子で、まわれ右していく玲音さんの、大きな背中を見送るだけで、なんだか心臓がきゅんとした。
普通は、誰かを紹介してもらって、その人との仲がうまく発展しなかったからって、すぐに別の人を紹介してもらうことはない。
どんなに交流のあった期間が短くても、こちらがお断りしようが、あちらからお断りされようが、そんな経緯は、わたしの場合、ほとんど関係ない。
少なくとも、数週間は、自分の精神状態を落ち着かせる時間が必要だと思う。これまでの数少ない経験から言っても、わたしにとってはその時間は欠かせないのだろう。
…というのは。
「ねえ、海空ちゃん。じゃあ、また明日までに、探しておくから、14時に来て」
理央さんの、その言葉に、心の中で、「鬼!」と叫んだ。
まあ、確かに、理央さんは仕事の鬼なんだろう。
わたしが、結城さんのことを報告してから、おそらく翌日には結城さんにも話をする場を設けて、うまく話をまとめたに違いない。
なんと、そのまた翌日には別の人の経歴が書かれた「紹介カード」を用意して、わたしを会社に呼びつけたのだ。
…切り替えられない!頭の中だか、心の中だかが、よくわからないけど、ごちゃごちゃしていて、理央さんの話も頭に入ってこないし、紹介カードの内容も上手く読み取れない。
そんな状態なのに、これも「仕事」なのかと思うと、断る言葉も見つからない。
それでも、なんとか紹介カードの相手と、会うこと数回。
どれもこれも、全然話が進まなかった。
今の私には、初対面での拒否権がないのだから、この場面からの進展がないのは、相手側にわたしと付き合ってみようと言う意思がなかったということに他ならない。
自分の意思はともかく、簡単に言えば、今のわたしは異性に「フラれ続けてる」ってことだ。
それでも、理央さんは、わたしがフラれてばっかりでなんだか恥ずかしいと思う暇もないくらい、次の相手を見繕ってくる。
そんなふうに、流される日々を送りながらも、結城さんとの関係を解消してから、そろそろ3週間経つ。後から思えば、無意識のうちに、防衛本能が働いていたんじゃないかって、思った。きっとこの期間に、わたしは次の恋に踏み出すためのエネルギーか何かを蓄えていたに違いない。
5月に入って、初夏らしい気温に、半袖を出そうかと、迷った日のことだ。
「すっごく、好み、です」
この誰ともお付き合いをしない空白期間に、すっかり通い慣れてしまった相談用ブースで、理央さんから見せられた1枚の「紹介カード」。
思わず呟いたわたしの声は、上ずって響いたけれど、それを気にする余裕もなかった。顔を上げれば、きっと、嬉しそうに微笑む理央さんの顔も見えただろうけど、カードの写真に釘づけだった。
一目惚れ。
そんな言葉さえ頭の中に浮かんでくる。見てるのは実物じゃなくて、写真だけど。紗彩に言わせれば、わたしは惚れっぽいらしいけど、自分ではそんなことないと思う。ちゃんと、何回か会って、あれこれ話してから、ちょっとずつ好きになっていく。
だから、一目見ただけで、こんなに惹かれた自分に、びっくりしている。
ちょっと野性味のある顔立ち。短く切ったままのナチュラルな髪。
一番、引き寄せられたのは、その顔に浮かぶ表情だった。
笑ってはいるけれど、微妙にカメラの方向から、目線がずれている。誰かに笑わされて、なんとか笑えた、って感じの恥ずかしそうな感じ。
写真を撮ったときの情景が目に浮かぶようで、この人に会ってみたいな、って思った。
そしてその印象が、間違いじゃなかったってことは、すぐにわかった。「はじめまして」
想像してたより、優しい話し方だなぁ…。
萩原コンサルティングサービスの、コーディネートルームにて。理央さんの話す声は、BGMみたいで、聞こえているのに、わたしの脳には全く足跡を残さなかった。
意外に、話すときに、噛んだりしないんだ…。
背筋がピンと伸びて、姿勢がいいみたい…。
高林 玲音(れお)
それが、彼に初めて会った時の、わたしの印象だった。
理央さんの仕事が忙しかったのか、彼の都合なのかはわからないけれど、写真を目にした日から、1週間が経っていた。わたしは、理央さんからの猛攻がストップしたのもあって、久しぶりに、静かな時間を過ごしたはずだ。
紗彩に紹介してもらったサロンにも、もう一度行って、ピンクさんにメイクを教わった。まだ、あんなに上手にはできないけど、日々実践中。
仕事にかまけてあまり買ってなかった私服も、時間をかけてお店をゆっくり見て回って、2着買った。理央さんに、「好き」なだけじゃなくて「似合う」服を着ろって言われたから。
でも、しっかり頭が働いていたわけじゃないらしい。だって、わたし、高林玲音さんに会って、なんて思った?
「想像してたより」とか、「意外に」とか、いう言葉がくっついてた。それって、まだ写真を見ただけなのに、この1週間、あれこれ妄想してたってことじゃない?
「…ちゃん、海空ちゃんってば!!」
両肩を掴んで、理央さんがわたしを揺さぶっていることに、ようやく気がついた。
「わわ、理央さん。近くで見るとかわいい…」
「はっ!?何言ってるの」
わたわたと自分の顔を隠して、わたしから慌てて離れる彼女。
なんか、しゃきしゃきと仕事をこなしてる姿とのギャップがまた…。仕事柄、なんだか耳の肥えた過激な発言をすることもあるけど、本来は純情なのかも。
「それより、海空ちゃん、大丈夫?しっかりして」
へ?と目を瞬かせると、高林玲音さんはもういなかった。ていうか、本当にこの部屋にいたんだろうか、って思うくらい現実味がない。
「『のぼせあがる』って、こういうことをいうんだ…」
そう呟いた理央さんの目がまっすぐわたしを捕らえていて、わたしの頬は一気に熱くなった。わたし、のぼせあがってたんだ!?やっぱり、彼に会ったことは現実らしい。
「だ、大丈夫です!しっかりしてますから!」
なぜか声が大きくなってしまった。
理央さんは、すっかりいつもの調子を取り戻して、ははって笑ってこう言った。
「海空ちゃんがそんなふうになったところ、初めて見た」あれから、2週間ほどが過ぎた。
あつ、と小さく声に出してしまう。5月も半ばにさしかかり、日差しは強くなるばかり。今日は今年初めて、日傘を出してみた。
ベージュの生地に同色の糸で花が刺繍されたこの日傘は、わたしのお気に入り。
でも、気分がここまで高揚するのは、その日傘をさして出かけたせい、だけじゃない。
塗り跡を残した白い壁には、角や下の方では、トーンが微妙に異なる色の煉瓦が使われている。大きなガラスの窓からは、ケーキの入ったショーケースが半分くらいみえる。
カランコロン
木目のドアを開けると、いつも聞こえるベルの音が、涼しげに響く。この音を聞くと、緊張と安堵が半分ずつ、わたしの心を占める。
「あ!海空さん、こんにちは」
ショーケースの向こうから、すぐに出てきてくれたのが、大山成史さん。
「こんにちは。お邪魔します」
わたしの声が聞こえて、ケースの向こうで、ぺこりと頭を下げてくれるのが、早川千歳さん。
よし、憶えた。社員で、かなり高い確率でお店にいるふたりの名前。クッキーを並べているアルバイトさんの名前はまだわからないけど…。
「ちょっと待ってて。すぐ呼んでくるか」
話しながらすたすたとキッチンに向かった大山さん。こちらに顔を向けていたせいだろう。
「ぐはっ!」
前から歩いてきた彼と、思い切りぶつかっていた。
「いってーな、玲音!お前の肩、凶器じゃねぇ?」
「あ?ごめん。俺ごついしね」
自分からぶつかっておきながら、文句を言う大山さんと、それに何も言い返さない玲音さん。彼らの掛け合いを見るのが、好きだ。
くすくす。こらえきれずに、笑っていた。
「みみみみみ海空ちゃん!!ああ、もうそんな時間だっけ!?」
「おい、声がでかいっ」
呆れる大山さんをよそに、玲音さんが手に持った籠から、ひとつづつラッピングされたマドレーヌが、ぼたぼたと落ちていく。「ケーキだったらどうするんですか」って、ぼやきながら、千歳さんが籠を奪って、マドレーヌを拾う。
「こんにちは、玲音さん」
自然に、顔がほころびていくことに、自分でも気が付いている。こうして、その姿を目にするだけで、胸が躍る。
「こんにちは!!ちょ、ちょっと、着替えてくるから、ちょっとだけ、待ってて!!」
「ちょっとは一回でいいっつぅんだよ…」
大山さんのツッコミも全く耳に入らない様子で、まわれ右していく玲音さんの、大きな背中を見送るだけで、なんだか心臓がきゅんとした。