結婚したいから!
二人目のお客様はパティシエ
「お店、忙しくなかったですか?」
「いや、全然!あっ、その、そんなに暇だっていうのもあれかな」
そう言えば、わたしが気を遣わなくて済むか、いつも考えてくれていることがわかる。でも、それがかなりの割合で口からこぼれ出ている。
「わたし、もう知ってますよ。玲音さんのお店のお菓子がとってもおいしいってこと」
とたんに、ぱあっと顔を輝かせて、玲音さんは、ベンチの隣に腰かけていたわたしの方をまっすぐ見てくれるのだ。
「ありがとう!今、来月の新作を考えてるんだ。6月は、ベーシックに杏を使おうかな。和の食材のイメージが強い梅もいいかも。梅雨のイメージもあるから、ゼリー系で攻めてもいいし…」
お店から歩いてほんの数分のところにある、小さな公園。子どもの遊べそうなブランコだとか、滑り台だとか、そんな遊具が一切ない。真ん中は芝生が広がっていて、その周りをベンチが取り囲んでいる。
今日みたいに、天気が良くて、季節も過ごしやすいときには、きっとわたしたちのように、ここで休憩時間を過ごす人が多いのだろう。近くのオフィスから来たらしいOLの2人組が、お弁当をつつきながら、何やら楽しげに笑っている声がかすかに聞こえてくる。
「…って、ああ!ごめん、俺、どうして、仕事のことばっかりべらべらしゃべってるんだろ」
どうして、っていうか、わたしがそう仕向けているから。だって、玲音さんは、お仕事の話をしている時しか、たくさん話してくれないし、わたしの方も向いてくれないのだから。
「わたしが、聞きたいんだからいいんです。あ、これ、サンドイッチ作ってきましたから、一緒に食べてくれませんか?」
鬱陶しくないかなぁ、なんて、少し気にはなるけど、持ってきたサンドイッチ用のボックスを袋から出してみる。
わたしは、料理がかなり苦手だ。
一人暮らしを始めた当初は、調理道具をそろえた嬉しさと、物珍しさで、多少は料理もしたような記憶がある。でも、ひとり分作るだけの毎日では、食材を上手く使いまわせないし、食べているうちに自分でも、わたしには料理の才能はないらしいと思わざるを得なくなった。
なぜか、料理ができそうに見えるみたいで、「料理が苦手」と言うと、たいていの人はひどく驚く。それでも現実、そうなのだから仕方がない。
そんなわたしが、たとえ超簡単なサンドイッチだったとしても、自分で作るなんて、恋はどれだけ人を変えるんだろう。
「わぁー…、あ、ありがとう。いいの?」
頷いて見せると、すぐに玲音さんは、一切れ取って、ぱくりと大きく一口食べた。やっぱり、紹介カードで見た写真の印象通り、かなりシャイな人だった。
萩原コンサルティングサービスで会ったときは、理央さんも同席してたし、事前に大山さんと「噛まない練習」をしていたらしい。
だから、こうしてふたりで会ったり、急に姿を見せたりすると、盛大に噛む。
でも、そんなところさえ、「かわいい」って思うだけだから、重症じゃないかって、自分でも思う。
聞いてみれば、玲音さんと大山さんは、一緒にお店で働く同僚ってだけじゃなくて、高校時代からの友人らしい。
あの写真も、大山さんが、なんとか笑わせようとがんばって撮ったものだったらしい。もう具体的にはっきりとその場面が想像できて、笑える。
玲音さんは、仕事に打ち込んでいて、全く彼女ができる気配もないので、大山さんが勝手に萩原コンサルティングサービスのマリッジ部の顧客として登録しようとしたらしい。
もちろん、本人の意思を無視してそんなことができるはずもなく、会社の方から玲音さんに連絡が入った、というのがそもそものきっかけ。
だから、わたしは、大山さんにも感謝してる。
こうして、玲音さんに出会えたから。「味とか、大丈夫ですか。あの、まずかったら、あ、あと嫌いなものがあったら、残してくださいね」
自分から訊いておきながら、なんか、手ごたえがいまいちだった試験の結果が返ってくるのを待ってるみたいな、緊張感。
「んー、んまいお」
もごもごと大口で頬張っているから、はっきり喋れないらしい。「うまいよ」って聞こえたことにしておこう。
かなりの苦手分野だから、好意を寄せている相手に、食べ物を作るのって、わたしにとってはキツイ。
それでも作るのは、玲音さんが、前に会った時、「お昼ご飯なんて食べたことない」ってけろりと言ったから。
本人が言うには、忙しくて食べられないときもあるけれど、味をみたり、試作品を食べたりするだけで満腹らしい。でも、わたしは、夢中で仕事をしてると、空腹も感じないんじゃないかなって、勝手に想像してる。
だから、お互いに都合のつく日だけ、14時ごろに、お店に来ることにした。その時間なら、たいていの会社の休憩時間は終わっているだろうし、彼のお店も、公園も、空いているだろうと考えて。「んっと、前も言ったけど、敬語、いらないよ。ほら、年も、1こしか変わらないから」
前を向いたままで、言葉を選びながら、優しく話す玲音さん。
「それに、敬語だと、遠慮とか距離とか感じるし。
…俺、海空ちゃんと、仲良くなりたい」
それまで、自分の方こそ遠慮がちに、前しか見てなかったくせに、最後はちゃんとわたしの目を見つめながら訴える玲音さん。
胸がぎゅぎゅっとした!「ズギューン」って、音が聞こえた気がする!息がとまる!!
「はい、あ、うん」
きっと真っ赤になったわたしに気がついたのだろう。
「わーっ!ごめん、素直に言いすぎた!!」
あっというまに膝の上で頭を抱えてしまった玲音さんの耳も、赤くなってた。紗彩から電話があった。
時刻は午後11時過ぎ。彼女は、仕事が忙しい時期に差し掛かってきて休日もほとんどないらしく、ここしばらく、わたしたちは会ってなかった。
ようやく、一人暮らししているマンションに帰ってきたらしく、通話ボタンを押すなり「あの女癖の悪い男、どうなった?」って、声が聞こえてきた。
普通、第一声は、「もしもし」とか、「あたし、紗彩だけど」とか、そう言うものだと思うけど、忙しい毎日を送っているせいか、紗彩の話の進め方って、曖昧さや回り道が全くない。
ちゃんと理央さんが話をつけてくれたから紗彩は心配いらないよ、と言うと、「あたしには何の罪の意識もないし、全く心配はしてなかったよ。単純にその後、あんたに何らかの被害がないかを確認したかっただけ」と答えたのだ。
あれだけの暴言を吐いておきながら、この落ち着きよう。ここまでくると清々しいかも…。
「あんた=わたし」に「被害がないかを確認したかっただけ」なんて、殺し文句。
どこまでも、私の味方をしてくれるんだろうな、紗彩は。
すっかり嬉しくなって、「紗彩だいすき」って言うと、「だろうね」って笑われた。そして、玲音さんのことを打ち明けたのだった。
「あんたたちは中学生か!」
携帯電話の向こう側で、紗彩がツッコミを入れてくる。今頃夕食をとっているのか、会話の合間には、むぐむぐと何かを食べているらしい。
「だね。ほんと、中学生くらいに戻ったみたい」
それは、玲音さんの人柄のせいなのだろうか。
中学生のわたしを思い返してみると、彼氏と呼べる人は一人もいなかったけど、「好きな人」っていうのはいた。
遠くから見つけただけでラッキーって思う。
廊下ですれ違っただけで「今日は会えた!」って嬉しくなる。
自分がガン見してただけのくせに、目が合った日には小躍りしそうになる。
運よく、何かのグループ分けで一緒になったりすると、神様に感謝のお祈りをしたりする。
万が一話しかけられたりしたら、スケジュール帳に「話せた」って小さく書く。
「とれたボタンつけてくれない?」って言われたら、慣れない手つきであろうが、さらには指から血が出ようが、学ランにボタンを縫いつけることに挑戦する。
そういう小さなことのすべてが、自分の中では大きな出来事。その人のことが好き、ってだけで、日々はきらきらして見えて。
その人に会える時間も、そうでない時間も、ずっと頭のどこかにその人がいて。
小さなことで一喜一憂する自分も、嫌いじゃなくて。
そう、とにかくもう、その人がいる、ってだけでいい。彼の存在だけで。
「海空は、もう一回、初恋やり直してんのかな?」
紗彩のそんな言葉にも。
「そうかも」
なんて、答えていた。
「いや、全然!あっ、その、そんなに暇だっていうのもあれかな」
そう言えば、わたしが気を遣わなくて済むか、いつも考えてくれていることがわかる。でも、それがかなりの割合で口からこぼれ出ている。
「わたし、もう知ってますよ。玲音さんのお店のお菓子がとってもおいしいってこと」
とたんに、ぱあっと顔を輝かせて、玲音さんは、ベンチの隣に腰かけていたわたしの方をまっすぐ見てくれるのだ。
「ありがとう!今、来月の新作を考えてるんだ。6月は、ベーシックに杏を使おうかな。和の食材のイメージが強い梅もいいかも。梅雨のイメージもあるから、ゼリー系で攻めてもいいし…」
お店から歩いてほんの数分のところにある、小さな公園。子どもの遊べそうなブランコだとか、滑り台だとか、そんな遊具が一切ない。真ん中は芝生が広がっていて、その周りをベンチが取り囲んでいる。
今日みたいに、天気が良くて、季節も過ごしやすいときには、きっとわたしたちのように、ここで休憩時間を過ごす人が多いのだろう。近くのオフィスから来たらしいOLの2人組が、お弁当をつつきながら、何やら楽しげに笑っている声がかすかに聞こえてくる。
「…って、ああ!ごめん、俺、どうして、仕事のことばっかりべらべらしゃべってるんだろ」
どうして、っていうか、わたしがそう仕向けているから。だって、玲音さんは、お仕事の話をしている時しか、たくさん話してくれないし、わたしの方も向いてくれないのだから。
「わたしが、聞きたいんだからいいんです。あ、これ、サンドイッチ作ってきましたから、一緒に食べてくれませんか?」
鬱陶しくないかなぁ、なんて、少し気にはなるけど、持ってきたサンドイッチ用のボックスを袋から出してみる。
わたしは、料理がかなり苦手だ。
一人暮らしを始めた当初は、調理道具をそろえた嬉しさと、物珍しさで、多少は料理もしたような記憶がある。でも、ひとり分作るだけの毎日では、食材を上手く使いまわせないし、食べているうちに自分でも、わたしには料理の才能はないらしいと思わざるを得なくなった。
なぜか、料理ができそうに見えるみたいで、「料理が苦手」と言うと、たいていの人はひどく驚く。それでも現実、そうなのだから仕方がない。
そんなわたしが、たとえ超簡単なサンドイッチだったとしても、自分で作るなんて、恋はどれだけ人を変えるんだろう。
「わぁー…、あ、ありがとう。いいの?」
頷いて見せると、すぐに玲音さんは、一切れ取って、ぱくりと大きく一口食べた。やっぱり、紹介カードで見た写真の印象通り、かなりシャイな人だった。
萩原コンサルティングサービスで会ったときは、理央さんも同席してたし、事前に大山さんと「噛まない練習」をしていたらしい。
だから、こうしてふたりで会ったり、急に姿を見せたりすると、盛大に噛む。
でも、そんなところさえ、「かわいい」って思うだけだから、重症じゃないかって、自分でも思う。
聞いてみれば、玲音さんと大山さんは、一緒にお店で働く同僚ってだけじゃなくて、高校時代からの友人らしい。
あの写真も、大山さんが、なんとか笑わせようとがんばって撮ったものだったらしい。もう具体的にはっきりとその場面が想像できて、笑える。
玲音さんは、仕事に打ち込んでいて、全く彼女ができる気配もないので、大山さんが勝手に萩原コンサルティングサービスのマリッジ部の顧客として登録しようとしたらしい。
もちろん、本人の意思を無視してそんなことができるはずもなく、会社の方から玲音さんに連絡が入った、というのがそもそものきっかけ。
だから、わたしは、大山さんにも感謝してる。
こうして、玲音さんに出会えたから。「味とか、大丈夫ですか。あの、まずかったら、あ、あと嫌いなものがあったら、残してくださいね」
自分から訊いておきながら、なんか、手ごたえがいまいちだった試験の結果が返ってくるのを待ってるみたいな、緊張感。
「んー、んまいお」
もごもごと大口で頬張っているから、はっきり喋れないらしい。「うまいよ」って聞こえたことにしておこう。
かなりの苦手分野だから、好意を寄せている相手に、食べ物を作るのって、わたしにとってはキツイ。
それでも作るのは、玲音さんが、前に会った時、「お昼ご飯なんて食べたことない」ってけろりと言ったから。
本人が言うには、忙しくて食べられないときもあるけれど、味をみたり、試作品を食べたりするだけで満腹らしい。でも、わたしは、夢中で仕事をしてると、空腹も感じないんじゃないかなって、勝手に想像してる。
だから、お互いに都合のつく日だけ、14時ごろに、お店に来ることにした。その時間なら、たいていの会社の休憩時間は終わっているだろうし、彼のお店も、公園も、空いているだろうと考えて。「んっと、前も言ったけど、敬語、いらないよ。ほら、年も、1こしか変わらないから」
前を向いたままで、言葉を選びながら、優しく話す玲音さん。
「それに、敬語だと、遠慮とか距離とか感じるし。
…俺、海空ちゃんと、仲良くなりたい」
それまで、自分の方こそ遠慮がちに、前しか見てなかったくせに、最後はちゃんとわたしの目を見つめながら訴える玲音さん。
胸がぎゅぎゅっとした!「ズギューン」って、音が聞こえた気がする!息がとまる!!
「はい、あ、うん」
きっと真っ赤になったわたしに気がついたのだろう。
「わーっ!ごめん、素直に言いすぎた!!」
あっというまに膝の上で頭を抱えてしまった玲音さんの耳も、赤くなってた。紗彩から電話があった。
時刻は午後11時過ぎ。彼女は、仕事が忙しい時期に差し掛かってきて休日もほとんどないらしく、ここしばらく、わたしたちは会ってなかった。
ようやく、一人暮らししているマンションに帰ってきたらしく、通話ボタンを押すなり「あの女癖の悪い男、どうなった?」って、声が聞こえてきた。
普通、第一声は、「もしもし」とか、「あたし、紗彩だけど」とか、そう言うものだと思うけど、忙しい毎日を送っているせいか、紗彩の話の進め方って、曖昧さや回り道が全くない。
ちゃんと理央さんが話をつけてくれたから紗彩は心配いらないよ、と言うと、「あたしには何の罪の意識もないし、全く心配はしてなかったよ。単純にその後、あんたに何らかの被害がないかを確認したかっただけ」と答えたのだ。
あれだけの暴言を吐いておきながら、この落ち着きよう。ここまでくると清々しいかも…。
「あんた=わたし」に「被害がないかを確認したかっただけ」なんて、殺し文句。
どこまでも、私の味方をしてくれるんだろうな、紗彩は。
すっかり嬉しくなって、「紗彩だいすき」って言うと、「だろうね」って笑われた。そして、玲音さんのことを打ち明けたのだった。
「あんたたちは中学生か!」
携帯電話の向こう側で、紗彩がツッコミを入れてくる。今頃夕食をとっているのか、会話の合間には、むぐむぐと何かを食べているらしい。
「だね。ほんと、中学生くらいに戻ったみたい」
それは、玲音さんの人柄のせいなのだろうか。
中学生のわたしを思い返してみると、彼氏と呼べる人は一人もいなかったけど、「好きな人」っていうのはいた。
遠くから見つけただけでラッキーって思う。
廊下ですれ違っただけで「今日は会えた!」って嬉しくなる。
自分がガン見してただけのくせに、目が合った日には小躍りしそうになる。
運よく、何かのグループ分けで一緒になったりすると、神様に感謝のお祈りをしたりする。
万が一話しかけられたりしたら、スケジュール帳に「話せた」って小さく書く。
「とれたボタンつけてくれない?」って言われたら、慣れない手つきであろうが、さらには指から血が出ようが、学ランにボタンを縫いつけることに挑戦する。
そういう小さなことのすべてが、自分の中では大きな出来事。その人のことが好き、ってだけで、日々はきらきらして見えて。
その人に会える時間も、そうでない時間も、ずっと頭のどこかにその人がいて。
小さなことで一喜一憂する自分も、嫌いじゃなくて。
そう、とにかくもう、その人がいる、ってだけでいい。彼の存在だけで。
「海空は、もう一回、初恋やり直してんのかな?」
紗彩のそんな言葉にも。
「そうかも」
なんて、答えていた。