結婚したいから!


「うふふふ。きれいよぉ。紗彩ちゃんとはまた違ったきれいさだわぁ」

相変わらずの甘ったるい話し方で、ピンクさんがわたしの顔をのぞきこみ、そして自分が引いて全体を確かめるように視線を走らせた。

「そう、で、しょうか…」

白いドレスに似合うも似合わないもあまりないだろうと頭では考えるけど、「似合わないんじゃないか」って心配になって、鏡の中の自分を見る。

さすがにピンクさんにヘアもメイクもお願いしたから、成人式の時のように「七五三なの?」ってからかわれることはない気がする。

まだ少ししか伸びていない髪は、地毛に近い質のウイッグでアップにされていて、白い小花を散らしてある。

顔だって、不自然には見えないけど、しっかりフルメイクしてもらって、いつもより数倍大人びて見える。


でも、わたしが花嫁だなんて。


恋をおぼえたときから、振られ続けてきたわたしが、結婚できるなんて、まだ半信半疑だ。

「なあにぃ?あたし、仕事の腕だけは確かよぉ、海空ちゃん、自信持って!」

最後にはピンクさんにしては珍しく力強い声でそう言って、肩をぽんと叩いてくれた。

そのとき、わたしがいる控室のドアがノックされて、返事をする前にコーイチが顔をのぞかせた。


「…かわいい」


目を見開いているコーイチの口からそんな言葉がぽろりとこぼれた。

「…だよねぇ」なんて言いながら、ピンクさんがくすくす笑っているけど、わたしはコーイチがあまりに素敵なので、ぼうっとしてしまっていた。

細身だけど長身だから、タキシードが似合うのはよくわかる。だけど。


「ミ、ク?」

コーイチが、ふと不安そうな目になって、前髪をひっぱっている。

「見過ぎ。やっぱりおかしいか?」

そう言うと、とうとうくしゃくしゃと前髪をかきまぜるから、わたしの後ろでピンクさんが「あぁぁ!」と悲鳴を上げた。「め、がめ」

「はぁ?」

「眼鏡、は?」

うまく喋れない。

「ちょっとでも見えるならかけるなって、そのピンクの髪の人に取られた」

ピンクさんは、そう言われて我に返ったらしく、きびきびと歩いて来て、コーイチの前髪を再びかき分け始めるから、コーイチが不愉快そうに眉をしかめた。

「なあ、俺、大勢の前で目を晒すの嫌なんだけど。女みたいだろ?」

確かに、コーイチの目はきれいで、それはお母さんの百合さんによく似ている。


「かっこいい」


「は?」

「かっこいい」

「ど、うした?珍しいな」

照れたらしく、ぱちぱち瞬きするコーイチの顔が、みるみるうちに赤くなって。ピンクさんまでぷっと噴き出していた。


「わ、たし、本当にコーイチと結婚できるのかな?」


そんなコーイチを好きだと思えば思うほど、不安な気持ちも膨らむようだ。わたしは、彼にふさわしい人間だろうか?また似合わないって言われるんじゃないか?

わたしの気持ちを察したのか、「メイクルームで準備してるね」と言いながら、ピンクさんが控室から出て行った。

「できるもなにも、もう結婚しただろ」

コーイチは、静かにそう答えてくれる。確かに、入籍はしてる。そうだけど、そうじゃなくて。


「今日来てくれる人たちは、コーイチの奥さんとして、わたしを認めてくれるかな?」


そうやって不安を吐きだすと、コーイチはわたしの顔を見つめた。

「今からやめてもいいよ」

「ええっ!?」

びっくりして彼の顔を見つめ返すけど、コーイチはいつものリラックスした表情のままだ。
今から、って言ったって、わたしたちの準備も整ったこの時間じゃあ、列席者だって大方会場にそろっているだろう。

「だって、俺の結婚式なんて、仕事の延長みたいなものだって言っただろ。ミクには申し訳ないけど」

そう。結婚式を挙げるかどうかの相談をした中でも、確かにコーイチはそう言った。披露宴をするなら、仕事上で付き合いのある人を呼ばざるを得ないし、むしろそういう人たちにふたりで顔つなぎをするための場になってしまうだろうって。

「そう、だね。わかってる」

だからこそ、がんばって式や披露宴をやろうって思ったはずなんだ。

ただ「結婚した」って報告するより、ちゃんと顔を見て挨拶した方が、コーイチの仕事の関係の人たちに、いい印象を持ってもらえるんじゃないかって。コーイチの仕事にも、ちょっぴりでもいい影響があるんじゃないかって。

「嫌ならやらなくていいんだ」

そう言ってくれるコーイチは、わたしに甘過ぎると思う。今更やめたら、たくさんの人に迷惑がかかるし、自分だって非難を浴びるに決まってるのだから。


「コーイチが素敵過ぎるから」

「は?」

コーイチはわけがわからずきょとんとしてるけど。コーイチが素敵であればあるほど、わたしは自分の足りないところがあれこれ気になって心配になってくる。

「なんでこんな小娘、って、思われる。香山君も、わたしとコーイチじゃ釣り合わないって」

何度となく、頭の軽い同期だか後輩だかわからない男に、そう言われたことは、なかなか忘れられない。


「そいつも、今日来るやつらも、どうでもいいだろ」


コーイチが両手でわたしの頬を包んで、下がっていた視線を自分の方へと上向かせる。

「俺、ミクしか無理だから」

少し浮かべる笑みは、困っているみたいにも見える。自分の気持ちを持て余してる、みたいに。
「…うん」

その顔は、眼鏡や前髪の関係で、いつになくよく見えて、感情を露わにしてるから、わたしの不安はさらりさらりと流されていく。


「俺の方こそ、ミクがあんまりかわいいから、ピンクの髪の人の前で押し倒しそうになった」

「え!」

純白のドレスって、神聖で、清らかで、とてもそんな気にならない気がするんだけど!!


「だってさ、ミクは、普段あんまり肩出した服とか着ないだろ」

そう言いながら、頬に添えていた両手のうち、片手をするりと肌を滑らせて肩に持ってくるから、背中がぞくりとした。

伏せたコーイチの眼が、なんだか妖しい色を帯びている気がする。

「鎖骨だって、全部見えるし」

そして、もう一方の手も、さらさらと鎖骨を撫でる。やっぱりなんだか、ぞくぞくする。

「俺の位置からだと、胸の谷間も見」
「ひゃあああぁ!」

花嫁らしからぬ悲鳴をあげて、ようやく我に帰ったわたしは、あわててドレスの胸元をぎゅうぎゅう引き上げた。

「大丈夫だって。見ようと努力しないと見えないから」

あ、安心できない!そんな表現!努力したら見えるってこと!?


「俺、早死にしないように気をつけるから、他の男のためにこういうドレス着るなよ」

急に雰囲気が変わって、真面目な顔してくるから、胸がキュンとする。

「……うん」

「脱ぐのもだめ」

「……うん?」

「これ、買い取りにできないかな?脱がせてみたい」

「もっ、ままま、まだ変なこと考えてるの!?」

一瞬、胸がじーんとしたのが嘘のようだ。あの感動は何かの間違いだったらしい。
「ミクだって考えただろ?」

「コ、コーイチのせいだから!」

そんなふうにくだらない言い合いをしていると、いつからか、穏やかな笑みを浮かべて、コーイチがわたしをじいっと見つめている。


「元気になったな」


そうして、にこっと笑うから。

「…する」

「ん?」

「キス、する」

拗ねた子どもみたいな言い方しかできなかったけど。コーイチのことが大好きだって、思う。


ちゅ、と軽く触れただけなのに、べったりくっついた気がしたのは、わたしのメイクのせいだろう。

「やべ。ピンクの髪の人にバレるかな」

コーイチがそう言いながら、手の甲で自分の唇を拭ってる。

キスする前から、わたしの化粧が崩れる可能性はあるってわかってたはずなのに、それでもすぐにキスしてくれたコーイチを、やっぱり大好きだって、思う。

「まあでもせっかくだし、もうちょっと」

唇を重ねていると、コーイチいわく「もうちょっと」のはずが、ちょっとでは済まなくて、体から力が抜けていく。

「そんなうっとりした顔で、人前に出るつもり?」

からかうようにコーイチが囁く。自分だって、甘い目してるくせに。

「コーイチのせいでしょ…」

力なくそう言い返すと、「そうだな」ってコーイチが笑った時、部屋のドアが叩かれた。慌ててコーイチの腕の中から飛び出したら、ピンクさんが姿を見せた。

彼女がわたしの方へ歩いてくるうちに、コーイチはこっそり自分の唇を拭っていたけど。


「今度、メイクが崩れたら、もう直す時間はないですからねぇ、おふたりさん♪」


歌うように言いながら、口紅とグロスを出すピンクさんに、ふたりで赤面したことは言うまでもない。


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