愛は満ちる月のように
真昼の月を見上げ、そんなことを考えながら、彼は九階の窓辺に立っていた。

下を向くと、『一条物産西日本統括本部』と書かれた銘板プレートがこの位置からでもよく見える。その向こうには大きな川があり、河川敷は見渡す限りピンク色に染まっていた。

O市自慢の桜並木まで歩いて行けるベストポジションに一条物産の支社ビルがある。夏には目の前で花火が上がるという特等席だ。


「ねえ、私の話を聞いてるの? なんとか言ってよ、一条さん!」


時計の針は十二時半を指している。この時間帯でなければ、秘書室で止められ、彼女は中に入ってこられなかったはずだ。

自分も秘書たちと一緒にランチに出ていればよかった……腕時計を触りながら、一条悠(いちじょうひさし)はそんなことを考えていた。


「別れるなんて冗談よね? あなたがここにきてから丸二年、ずっと付き合ってきたのに」

「付き合う? 寝ただけだろう?」


二年前の三月、悠は二十八歳のとき、西日本統括本部長として政令指定都市であるO市にやってきた。当時は地元商工会との顔合わせの意味もあり、商工会主催のパーティには積極的に顔を出していた。

そこで彼女――植田千絵(うえだちえ)と出会う。


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