愛は満ちる月のように

(9)優しい月

美月の羽織ったショールが肩から滑り落ちた。パジャマ代わりに着ているのはワンピースタイプの部屋着だ。長袖だが襟首はかなり開いていて、肩や胸の谷間が露わになる。

そのまま、美月は悠の身体に抱きついた。


「……泣かないで」

「泣いてないよ。もう、そんなことで泣けるほど綺麗な心はしてない」


悠の返答に美月は回した腕にさらに力を入れた。


「じゃあ……泣いていいわ」

「美月?」

「私があなたのママになってあげる。間違えてもいいのよ。罪を犯してもいいの。……いえ、よくはないけど、人は過ちを犯すものよ」

「君は……優し過ぎる」


あのあと、母は父の言葉を信じ……すぐにふたりは仲直りした。

悠にも謝罪と『本気で言ったんじゃないの』と言葉をかけてくれたが……。わだかまりを打ち消すことはできなかった。母の悠を見る目が変わった気がして、見えない壁ができてしまった。

所詮、母は息子より夫を愛している。だからこそ、悠を捨てた男とよりを戻したのだ。母にとっては悠も、愛する男を取り戻すための道具だったのかもしれない。

愛されたはずの記憶も、幸せな思い出も、それは人の心ひとつで冬の陽射しにすら溶け落ちる氷へと姿を変える。ほんの少し前まで、まるでダイヤモンドのような不変の輝きを放っていたものが、跡形もなく消え去った。


ふたりはリビングではなく、悠の部屋へと戻る。


(彼女に甘えるべきじゃない。これ以上……弟たちも家の中にいるのに)


そんな思いを胸の内に抱えたまま、悠は美月の身体を抱き締め、ベッドに倒れ込んだ。


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