愛は満ちる月のように
~*~*~*~*~


扉を押し開けると、カラン、と音がして――


「いらっしゃいませ!」


と一斉に声をかけられる。


お花見で醜態を演じたあと、『十六夜』には二度ほど訪れていた。二週間の滞在で通算四度目、ひとりで来たのはこれが初めてだ。


「こんにちは。少し遅くなってしまったけれど、まだ大丈夫かしら?」


昼の二時近く、気にするほど遅い時間ではない。

だが、ランチタイムには行列ができる『十六夜』のこと。営業中の札は確認したものの、ランチ以外のメニューを注文してもいいのか、美月は控えめに尋ねる。


「ああ、いらっしゃい。亭主も一緒かい?」


厨房との境の扉を押し開け、那智が顔を見せた。


「いえ。今日は私ひとりなんですが……」

「それは珍しい。奴に連絡したら、会社からここまですっ飛んでくると思うよ」


大袈裟な那智の言葉に美月は苦笑しつつ、


「いやだわ。そんなこと……もう、ないと思います。以前とは……変わってしまったから」


胸の奥に重苦しい痛みを感じていた。


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