愛は満ちる月のように
千絵はカタカタと震えるだけで、言葉にならないようだ。


「ちがう……の。彼女が、落ちそうになって……手を貸したら、今度は……自分でバランスを崩しただけ……」


さすがの美月もまだ震えが止まらない。

だが、言うことだけは言っておかなくては、彼女の矜持が千絵に濡れ衣を着せることを許さなかった。


「ああ、それは、こっちからはよく見えた。でも、私が言ったのはおまえだよ、一条。一緒に落ちるつもりかと思った……」


那智によると、まさに一緒に飛び降りるかのように美月の背中に飛びつき、腕一本で体勢を元に戻したのだという。

たしかに数メートルの高さの崖を、悠は腕の力だけでスイスイ登っていくことは知っていたが……。まさか、こんな場所でその腕力を発揮してくれるとは思わなかった。

それ以前に、美月はそんな近くまで悠が来ていたことすら気づかなかったくらいだ。


「まあ、それは……この程度なら、何度か落ちたし……」

「下が違うだろう!? ひとりで飛び降りるのと、人を抱えて落ちるのは意味が違うんだぞ! ……いや、まあ、美月さんが怪我をするくらいなら、おまえが下敷きになったほうがいいか」


冷静に見える那智も声が上ずっている。

ふたりとも無事では済まないかもしれない、と内心焦っていたに違いない。


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