愛は満ちる月のように

(7)侵入者―1

タクシーから下り、静まり返ったマンションのエントランスにふたりは立つ。

美月は静かなままだ。

それも当然というもの。悠は彼女の告白に何も答えを出さなかった。まるで何も聞かなかった素振りで、那智に礼を言い帰って来たのだ。


「一条様、お帰りなさいませ、あの……」

フロントの出迎えを手で制し、足早にエレベーターに乗り込む。


「いいの?」

「……えっ?」


思いがけず声が裏返り、悠は軽く咳払いをした。


「今の人、何か言いたそうだったわ」

「家の電話を切ったままだから、問い合わせがあったのかもしれないな。どっちにしても急ぐ用事なら会社や携帯に連絡してくると思うから……明日でもいいさ」


美月の顔を見ず、できるだけ平静を装って答える。

だが、悠のそんな態度を彼女が見逃すはずがなかった。


「そうね……それどころじゃないものね。離婚予定の妻から“愛してる”なんて言われて……。今は、どうやったら逃げられるか、必死で考えてるところでしょうから」

「……美月……」
 

知らず知らずのうちに悠は息を止めていた。


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