愛は満ちる月のように

(8)涙のプロポーズ―1

「美月……これくらじゃあの女は……」

「わかってるわ。これですべてが解決する訳じゃないことくらい。でも、投げ出したら負けよ」


警察が帰り、後日、事情聴取に赴くことになった。

また、沙紀にかかわる日々が始まる。それを思うだけでうんざりする。


「負けたらダメなのか? もう……気力が尽きたよ。金で片がつくなら、かまわないと思い始めている……」

「でも、あなたのお父様はそれをよしとされなかったんでしょう? なのにあなたが――」

「やめてくれ……あの人にはまともな人間の血なんて通ってないんだ!」


父は強い。何を言われても、どれほど孤立しても、決して折れることなく平然と前を向いている。痛みなど一切感じないかのように。

そんな父に似ていると言われてきたが……。

悠にはそれほどの強さはない。ただ痛みに鈍いだけで、平気な訳じゃない。明哲保身に長けてもおらず、怜悧な頭脳も持ち合わせてはいなかった。

父のようになりたくないのではなく、なれない。


悠は自分自身が父の悪質なコピーに思えた。


「あの女が父に直接向かわず、僕を追い回すのは……この僕が愚かで何もできない男だからだ。父ならきっと、君のように徹底的に戦うだろう。でも僕は……サンドバッグのように殴られるだけだ。さっさと金で追い払う決断もできず、かといって戦うこともできない。きっと親も呆れてるさ……いつまであんな女にかかわってるんだって。自分で始末できないなら、父の懐に逃げ込めばいい。あの人が本気になれば、沙紀くらい簡単に追い払うさ」


そう言葉にすることで、悠はようやく自らの本心に気づいた。


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