愛は満ちる月のように
誰かを泣かせてやりたい。

そんなどうしようもない気持ちが浮かんでくる。


だが、その一秒後、悠は頭から氷水を浴びせられていた。

荒い息をつく遥の手には、空になったガラス製のアイスペールが――。


「……悪い……やっぱり、酔ってるみたいだ。帰ってもらえるかな?」


ソファの背に身体をもたれかけ、うなだれた様子で悠は伝えた。


「ごめんなさい。でも……」

「わかってる。悪いのは僕だ。だから、頼むよ……帰ってくれ」

「ひとつだけ聞いてください。私があなたに会いたかったのは、父のしたことを謝りたかったから……。それだけなの。でも、父に頼んでスペアキーを借りて……夜に、勝手にお邪魔したのは非常識でした。本当にごめんなさい」


背中を向けた遥に悠は声をかける。


「謝るって、どうして? 叔父さんには世話になったと思ってる。感謝してるし謝ってもらうことなんか……」

「父のマンションを訪ねたとき、聡伯父様が来られてたの」

「うちの父さんが?」


ポタポタと落ちる水滴を手で拭いながら、悠は不審そうな目を向けた。


「ええ……あの、遠藤沙紀さんという女性のことで……」


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