愛は満ちる月のように

(3)夜明け前

タクシーを走らせ、東京都内に入ったのは朝だった。

酔った状態で運転はできず、明らかに動揺している遥に任せることも躊躇われた。真と末っ子の紫はたまたま都内におらず、母と桜が父に付き添ったという。


『命に別状ないって。手術も必要ないそうだ。だから、始発で戻ってきていいぞ』


夜中に駆けつけてくれたのは、先月、真たちが面倒をかけたばかりの如月勇気だった。

去年の春、十年ぶりに独身に戻り、子供もいないので身軽だと笑う。申し訳ないと思いつつ、ついつい頼りにしてしまうのが実情だ。


だが、高速道路を走っている途中で『始発でいい』と言われても戻る訳にもいかない。

悠は隣に座る遥を気遣いながら、七時間弱をいらいらして過ごしたのだった。


「君の車は人を頼んで届けさせるから……匡叔父さんに、父さんは大丈夫だと伝えておいてくれ」

「落ちついたら、お見舞いに来ますとお伝えくださいね」

「ああ……助かったよ。ありがとう」


本当に助かった。

もし、悠ひとりであったなら、今でもマンションの玄関で足踏みしていたかもしれない。遥がいることで悩む素振りは見せられず……結果的に、悠はここまでやって来た。


病院の前で遥を見送り、悠は一歩足を踏み出した。


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