愛は満ちる月のように
『触らないで……桜と紫にも近づかないで……汚らわしい! 悠も、聡さんも、もう信じられない!』


悠もいつまでも二十歳の青年ではない。

美月に話したとき、彼女は『どれだけ聡明な女性でも冷静ではいられない』そう言っていた。きっと彼女の言うとおり、母は沙紀のような女に息子を奪われたことがショックだったに違いない。

それを真に受けて家族を捨てた自分は、ただの“我がままなガキ”だ。


「ああ、父さんが倒れたって……でも、そんなに悪い状態じゃないって如月さんに聞いたから。担当の先生に確認したら……僕は帰るよ」

「そう……仕方ないわね」

「父さんは?」

「まだ、目を覚まさないわ」

「僕は……会わないほうがいいかな。怒らせて、具合を悪くしてしまいそうだ」


終始、母から目を逸らしたまま答える。


カツンと足音がした。

桜が一歩近づき、次の瞬間、妹の手が悠の頬を打った。パシンという小気味いい音が白い壁に反射し、廊下に広がる。


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