愛は満ちる月のように
「茶番じゃないわ。聡さんはやり直そうと言ってるのよ。最初から……」

「なんの罠が待ち受けてるのかしら? 今になって」

「もちろん、DNA鑑定の結果を受けて、あなたが納得してからでいいわ。今さらだけど……“もし、あのとき”そんな思いを十年間抱えてきたのよ。あなたも同じじゃないの? 今のままだと十年後も同じよ」


沙紀は一旦口を閉じ、少し落ちついた様子で口を開いた。


「残念ね。私は実子として認めなさいと言ってるのよ。そんな……」

「むろん、鑑定で実子という結果が出たらそうしよう。鑑定機関は複数選び、君の指定する業者にも頼もう。公正に、公平に。その上での提案だ。……私はこれを機に、事務所を畳むつもりでいる」


沙紀の口をふたたび閉じさせたのは父だった。


悠と桜は独立して働いている。真も順調に行けば数年のうちに、高校生の紫が独り立ちするまでには少々かかるが困らない程度の資産はある。

事務所の共同経営者である如月の子どもは、三人とも弁護士にはならなかった。如月ともじっくり話し合って出した結果らしい。

他に数人の弁護士がいるが、彼らには新しい事務所を紹介するか、独立の援助をするという。


「これまで必死で働いてきた。そう長くない人生なら、夏海とゆっくりした時間を過ごしたくてね。沙紀、君とも真剣に向き合うつもりだ。君の人生はまだ半分ある。やり直す気があるなら、今をおいてない」


ようやく……悠は父が本気なのだと知った。

魔女のように、生霊のように、一家に付きまとう影。その影を力尽くで引きはがし、とどめを刺すのではなく。例えは悪いが……腰を据えて、成仏まで付き合うと言っているかのようだ。


「バカげてる……そこまで、やってやる価値がこの女にあるのか? こんな……こんな……」


まるで苦行のようだった十年が頭に浮かび、沙紀を思うさま罵りたくなる。


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