愛は満ちる月のように

(2)キスの先まで

逆に彼女の腕を取り、廊下の壁に身体ごと押し付けた。


「君が悪い。――さっきのキスを覚えてないのか? あんなキスを交わしたすぐあとで、ふたりきりなんだ。今、僕が考えていることは、君をベッドに連れ込むために、どうやって誘惑するかってことだけだ」


言葉の内容とは裏腹に、悠の表情は“誘惑”ではなく、明らかに喧嘩を売っていた。

そんな彼の勢いに押されたのか、美月は黙り込んでしまう。


「それとも、キスも事故にしてしまうかい? いっそのこと、これから起こることもみんな事故にしてしまおうか? この六年で随分変わったと言ったね。そのとおりだ。そして君も十代の女の子じゃなくなった。当然、ふたりの関係も変わるだろう」


悠は指先で美月の唇をなぞった。

押さえている彼女の腕は片方だけ、その気になれば残った手で悠を突き飛ばせるはずだ。強引に女性にねだるのは主義じゃない。第一、それほどまでに抱きたいと思った女性はいない。

いや、いないはずだった。


美月自身も潔癖そうな言葉とは違って、恐ろしいほど無防備だ。

しどけなく開いた胸元、今にもほどけそうな腰紐、濡れたままうなじに張り付いた後れ毛といい……悠を誘わんばかりである。なんの罠だろうか、と警戒したくなるほどだ。

だが、美月はすでに悠の妻。第一、金なら悠と結婚して得るものより多い金額をすでに寄付している。権力や社会的地位を望むなら、桐生の後継者と名乗れば済むことだった。


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