愛は満ちる月のように
那智がそんなふうに言って睨むと、


「そういうセリフは、彼女のひとりくらい作ってから、聞かせてもらいたいもんだね」


悠はご機嫌な様子で那智の肩を叩いた。


一緒に飲んでいて酔いが回り、そのまま朝まで眠ってしまうことはある。

だが、よそで飲んだあと、押しかけてくるなど初めてのことだ。最初はしたたかに酔っているだけか、と思ったが……どうやら、そうでもないらしい。


「酔ってる……だけじゃなさそうだな。結局、彼女とはろくに話せなかったらしいな」


勝手に部屋に上がり、リビングのソファに座り込む悠に、那智はペットボトルの水を差し出した。

小さく礼を言って受け取る悠の頬は、かすかに血が滲んでいる。


「どうしたんだ? まさか、ケンカなんてしてないだろうな?」


仮にも一部上場企業の取締役、統括本部長の役職にある男だ。酔ってケンカ沙汰となれば、新聞の三面記事にもなりかねない。

はっきり言えば、那智には関係のないこと、だと思う。

しかし、何もかもが投げやりに見える悠は、彼にとってどこか放っておけない弟のような存在だった。


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