ヲタク彼女
 「聖二!待って、聖二!」
 追いかけてきたのは、彼女だった。
「どうしたの?」
「別にどうもしないよ」
 俺は足を止めない。
「怒ってるの?」
「怒ってないよ」
 顔は見えない。でも彼女が必死なのは声で伝わってきた。
「……別れよっか」
 それは俺の口から出た言葉だった。それも無意識に。でも俺は自分が言った言葉にさほど驚いていなかった。
 さっきまで聞こえていた後ろのヒールの音が止まった。
「……んで」
 彼女の声が掠れている。
「なんで!?あたし何かした!?」
「してないよ」
「じゃあ、あたしのこと、嫌いになった!?」
 違う。嫌いになんてなれない。
「ねえ、何か言ってよ!あたしがヲタクなのが嫌?嫌なら直すから!ヲタクも服装も全部直すから!」
 違う。全部違う。
 ただ、俺がダメなんだ。心が狭くなった俺は、君と距離を置かないともっと汚くなっていくんだ。
「……ねえ」
 背中越しに彼女が泣いているのがわかった。
 俺は歩き出した。もう後ろからヒールの音は聞こえない。
 気付くと、空からは雨が降り始めていた。
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