天空のエトランゼ〜哀しみの饗宴(魔獣因子編)〜
宮島以外の六人は、昔の記憶がない。

目覚めた人達を守る為、外敵を排除する力を与えられた者に、優しい心はいらない。

非情さだけだ。


店から出ていく山根の背中を、マスターはじっと見送った。

山根は振り返り、お辞儀した。



数年前、山根は人を刺して、逃げていた。

職場の上司の度重なるいじめに、キレたのだ。

喫茶店に逃げ込んできた山根を見たとき、

マスターは、目を見開いた。

歳を取っていたが…それは、紛れもなく、かつて自分が審判をしていた時、

アウトと告げた…最後のランナーだった。

山根は震えながらも、カウンターでコーヒーを飲み、自分の半生を語った。

甲子園に自分のせいで、いけなくなり…そのショックで野球を止め…

そこからは後悔しながら、生きてきたことを…。

「俺のせいで…みんなの夢を奪ってしまった」




山根という名字も、今の顔も…マスターが与えた。




それから、さらに数年後…マスターは、もう1人の記憶を書き替えることになった。

その女は、血まみれで…右手がなかった。

「あたしは…死にたい…」 

血まみれの沙知絵は、血まみれの右腕を持っていた。

泣きながら、恋人の腕を切り…自分の腕を移植したと。

恋人を生かす為に。

世界は、化け物に支配されていく。そんな世界になったら、恋人は生きていけないと。

助けたい気持ちで、無意識にやってしまったが…恋人を傷付け…絶対に苦しめている。

今は、後悔していると…涙を流し、泣きながら、

「あたしを殺して…」

沙知絵の願いを、マスターは少しだけ叶えた。

心を殺したのだ。

彼女の持つ…技術がほしかったのだ。



山根達が去った後、マスターは目をつぶり、

「すべてを忘れたら…幸せになるのか…」


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