GEDOU―樹守る貴公子―
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翌日、天冥はとある破れ屋の前に立っていた。
右京、道祖大路と八条坊門小路の交差点付近にある、下級役人とほとんど変わらない大きさの家だ。
天冥は黙って小さな門を開き、中に入る。
薬草やなんやが干してあったはずの小さな庭には、今は草がぼうぼうと生えている。
戸を開け、家の中に入った。
もし今の時間、この家の住人が、莢がいたならば、きっと薬草採取や治療などで疲れて無防備に眠っているだろう。
寝具の布もかけずに、ぐーすかと横になっているに違いない。
昨日あの杉の上で「あのようなこと」を考えていたせいか、無性にここに来たくなってしまったのだ。
『・・・ゆう、さん―――』
秋になるかならぬかというあの日、蜜柑を一つ頭に乗せてやろうという悪戯を仕掛けたとき、莢は夢うつつに自分の『名』を呼んだのだ。
そう呼んだ時の莢の顔が、なんとも楽しそうで、初対面の人間でも愛しく思えそうだった。
しかし、当時の天冥にはそれができなかった。し、できる立場でもなかった。
「全く・・・なんと厄介な女じゃ、お前は」
―お前はいつまで・・・俺の汚れきった心を乱す気なのだ。
聞いても答えが返ってくるわけではないので、天冥はそのまま門を出た。門の両側には、破邪の呪いをかけてある。
邪なる心を持っては通る事ができない、結界。
彼女が死んでしまったその日に、天冥が施したのだ。
ここが荒らされぬように、と。