GEDOU―樹守る貴公子―

 天冥は、切なげに布袋を握り締める。


『多優さん―――』


 あの温かい笑顔が、鮮明に頭に浮かんでくる。

 一滴の濁りも無い、澄んだ水明の水のような笑み。

 この袋の中身はなんなのか分からない。これは、あの笑顔を浮かべていた女がくれたものだ。


『多優さんが、人を殺めなくてすみますように――』


 三年前、そう呟きながら自分にこれをくれた女。

 彼女がそう願ってくれたにもかかわらず、天冥は今、人を殺めた。いくらそれが悪徳ばかりといえど、人に変わりは無い。

 彼女が死んだその時から、ふっと糸が切れたようにそれをやり始めたのだ。


(別に・・・悲しくなど無いわ)


 たかが女一人死んだくらいで。

 天冥は無理矢理に、罵るように思うと立ち上がった。

 天冥がねぐらにしているのは、平安京外の破れ屋だ。その場所を知る者はほんの少ししかいない。

 破れ屋と言っても、ある程度の手入れは天冥がしたので、人が住めるほどになっている。

 ずっと西に歩いていき、日の出までには眠ろう、と考える。

 政敵を潰そうと考える貴族から、呪殺の依頼がくるかもしれない。

 天冥は呪力は強いが、陰陽寮に属しているわけではない。属するならたちの悪い民間陰陽師(人に依頼されたりして方術を駆使し、金子を受け取る者)というところだ。

 それこそ、最近貴族の前に出ることが多くなってきたので、貴公子を装う事も多い。

 髪の毛を髷にするのも烏帽子を被るのも面倒臭いのに、と天冥は小石を蹴る。








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