GEDOU―樹守る貴公子―
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翌日の昼の事である。
天冥は届いた文をぐしゃぐしゃに握ったまま、一本の小さな、足で蹴飛ばせば根が出るのではないかという、膝小僧ほどの高さの木の前にたった。
その木は、桃(もも)。
これが大きくなれば、いずれ葉が出てきて、綺麗な花を咲かすだろう。
桃には邪気をくじく力があるとされていたのもあり、その女の頬の色によく似ていたので、天冥は和えて桃の木にしたのだ。
この木の下には、三年前、天冥が「多優」だった頃まで、天冥に優しく笑いかけくれていた女のむくろが埋まっている。
その女の名を、莢(さや)という。
特別、公卿の家柄の娘というわけではない。道祖(さい)大路沿い住む、身分は高くなかったが、腕の立つ薬師(くすりし)だった。
長い黒髪を持ち、幼い顔で、小さいくせに筋の通った―――生まれて初めての感情を天冥に抱かせた、女。
もっとも、もう死んでしまったが。
天冥はその木に貼ってあった呪符(じゅふ)を剥がし、また新しい呪符を貼り付けた。
その札に、邪悪な心は何一つこもっていない。
枯れないように。
蟲に喰われぬように。
踏まれぬように。
切られぬように。
大きな木に育つように。
そんな思いがこもっていた。
(・・・特別扱いしてるわけではないぞ)
お前に命を救われたから、恩を返す途中でお前が死んでしまったから、こうしてお前の霊位(霊木)を守っているだけだぞ。
――お前だけが特別なんて、思ってないぞ。