クロス†ハーツ
「ごめんなさい!好きで喋ってたわけじゃ――」
「早く来い…!」
「…え」
振り向いてすぐに頭を下げて、なんとか水瀬の性悪な嫌味を少しでも減らそうとする。
絶対、何かしら言われると思ってた。
が、水瀬はいきなり慌てたような声を出し、私の手首を掴んで小走りし始めた。
「え、ちょ、水瀬…?」
「今はお前の遅刻の文句を言ってる余裕ないんだよ」
「は、」
水瀬に、余裕がない…?
どんなに仕事量があっても平然としてる、この委員長様が…?
おまけに私や尚人に嫌味を言う余裕がいっつもある、コイツが…?
あまりにも珍しいことすぎて、私の頭は着いていかない。
呆然としてる間にも、視聴覚室の前まで連れてこられて、水瀬はなおも焦った様子で扉を開けた。
「雅矢!どうだ、分担できそうか?」
「…難しい」
扉を開けてすぐに水瀬が放った質問に答えた雅矢くんの声が、聞いたこともないくらい低くて。
私はそれでやっと、この雰囲気はタダゴトじゃないと気がついた。