女王様のため息
どうにかその日の仕事を終えて帰る頃には、私の気持ちも少し落ち着いていた。
会社員として仕事をしている以上、会社からの命令には逆らえないし、私だけが味わう事でもない。
むしろ、総務部で数年を過ごしたならば、研修部への異動は自然の成り行きだ。
社内全体の流れや、各部署の業務についての知識を叩き込まれている総務部の人間が研修部に異動して、総務部時代に得た知識を生かす事は当然の事。
課長職や部長職など、各階層に用意されている研修に対しても、総務部時代に培ったあらゆる部署との人間関係は有効だ。
そう考えて、異動の話を、とりあえず受け止めようと。
そう思えたのは。
『命取られるわけじゃなし、若いうちに仕事も人間関係も広げるのはいい事だぞ』
総務部の部長が私の席にきて、こっそり耳打ちしてくれた言葉がきっかけ。
部長自身、入社以来転勤なんて何度も経験したらしい。
その経験には単身赴任の期間もあったと聞く。
『俺には、真珠さんを手放したくない気持ちの方が大きいけど、俺だって上からの命令には逆らえないんだ。残念だよ』
温かい言葉が、私の気持ちをほぐしてくれて、会社生活の中での岐路に立つ私を冷静にしてくれた。
そうだ。転勤だからって命を取られるわけでもないし、自分の経歴を豊かにする大きなチャンス。
そう考えて前向きに受け止めよう。
納得しながら部署を後にして、会社を出た時。
「真珠」
聞きなれた、そして私の心をぐっと掴んでしまう声が聞こえた。
そっと立ち止まって振り返ると、そこには愛しい人が立っていた。
「……司」
会社を出た所で私を待っていたに違いない司は、凭れていた壁から体を起こしてゆっくりと私に近づいてきた。