女王様のため息
それから一時間後、司が迎えに来てくれた。
ちょうど身支度を整えた私を見て、
「うーん、今すぐベッドに押し倒したいけど、先輩待たせてるから我慢するか」
と肩を落として、それでも私を抱きしめて唇を重ねてきた。
付き合いはじめてから何度か交わしたキスに、ようやく私も慣れてきたせいか、そっと司の首に両腕を回して背伸びした。
絡ませあう舌の動きにも安心感を感じられるようになって、司と恋人同士になったんだなと、温かい気持ちになる。
「蛇の生殺しだな。……このまま抱きたいのに、ちっ」
私の肩に頭をのせて小さくため息をついた司の背中をぽんぽんと叩いて、
「お腹すいた」
そう言った私に、さらにがっくりと肩を落とした司は。
「俺の女王様は、色気より食い気かよ。あー、こんな事なら夕べどんなに遅くなっても来れば良かった」
「ふふっ。来れば良かったのに。そのために合鍵も渡したんだから」
「んー、遅かったんだよな。家を色々見た後で先輩の家でご飯食べさせてもらってたら寝てて、明け方慌てて帰ってきたんだ」
「じゃ、あまり寝てないんじゃないの?」
「いや、美香が俺の車運転してくれたんだ。だから車の中で俺と先輩は寝てたから平気」
「……美香、さん?」
思いがけない名前を聞かされて、それまで温かかった私の心の中が一瞬にして凍りついた。
どうして、美香さんが司の車を運転するの?
夕べ、一緒に過ごしていたってこと?
私の変化に気づいたのか、司はそっと私の体を引き離した。
私の顔を覗き込んで、しばらくじっと見つめてくるけれど、その瞳からは司の気持ちが読めなくて。
「……むかつく」
ぐーにした手で、司のお腹を一発殴った。
「いてっ」
前かがみになった司は、それでも明るい声。
「この痛みって、真珠の嫉妬からの一発だよな」
くすくすと笑いながら、そして私を再び抱え込むと、司はさらに肩を震わせて。
「あー。いいかも。たまにこうして妬かれるのも、いいかも」
私の気持ちなんてお構いなしに笑ってた。