女王様のため息
美香さんは、柔らかい笑顔で部屋の中を見回しながら
「司くんね、昨日この部屋を見た瞬間から真珠ちゃんが気に入ってくれるといいんだけどなってぶつぶつ言ってたのよ。
あんなに子供っぽい司くんを見たの初めてだったから新鮮で驚いたの」
肩を揺らして笑うと、背中の真ん中あたりでさらりと揺れる黒い髪。
美容師さんだけあって、手入れが行き届いているなあと、視線は釘づけになった。
異動後の家を決めなくてはいけない中で、のんびりとそんな事を考えている場合じゃないとわかってはいても、実物の美香さんを目の前にして、新居の事なんかよりも彼女に目が向いてしまうのは仕方がない。
色白な肌は女の私でも羨ましくて目をとめてしまうくらいで、きっと男性ならその綺麗な肌と大きな瞳だけで惹きつけられてしまうに違いない。
司だって、美香さんの側で彼女を心配して優しさを注いで、そして恋人という存在として見守っていたんだから。
たとえ、どんな事情があったにしても、目の前にいる美香さんとの甘い時間が存在していた事に変わりはないはず。
入社してから私が司の側にいた時間よりも長い時間を二人は共に過ごしてきたという現実が、私に重くのしかかってくる。
「なあ、真珠が好きなショッピングモールも見えるぞ、こっちに来てみろよ」
「え?あ、ああ、うん」
私の中でもやもやする気持ちに気づかない司は、ベランダから見える景色を見ながら相変わらず嬉しそうな声をあげると
「広い公園もあるんだな。休日は弁当持って出かけたいな」
既にこの部屋に引っ越しを済ませた後の日々に思いは飛んでいた。
後姿を見るだけでもうきうきしているとわかるその様子に、心の中でため息。
決して楽しそうではない私の表情に気づいた美香さんは、私の耳元に顔を寄せて
「あんなにうきうきして幸せそうな司くんを見るのも初めてよ。
本当に、真珠ちゃんの事が好きなのね」
嬉しそうに囁いた。