女王様のため息


その後、最初に見た物件に決めて、春岡さんから資料を幾つかもらった。

4人で入ったカフェでお茶をした後、春岡さんと美香さんは、二人で映画でも観に行くと言って仲良く出かけて行った。

手を繋いで微笑みあう二人は楽しそうで、後姿でさえ愛し合っているのがわかるくらい。

私と司は手元の資料を見ながらゆっくりとしていた。

けれど、私の気持ちはそれほど明るくもなく、これからの事を考えて少し気が重かった。

週明け、この物件の事を人事に申請しないといけないし。

異動なんて初めてだから、どんな展開になるのかわからないし、今は総務部が一年間で一番忙しい株主総会前の時期だから、こればかりにかかりきりになれない。

転勤の日程だけが独り歩きして、気持ちばかりが焦ってしまう。

心細いし不安だし、未知の世界に飛び込む緊張感もあるし。

とりあえず、何から手を付けることになるんだろう。

小さくため息を吐く私に司は、

「何?あの部屋、納得してないのか?」

心配そうな瞳を私に向けた。

「ううん、あの部屋は気に入ったよ。ただ、もし司が一緒に暮らすことになるのなら、司の負担はかなりのものだと思うけど……」

「俺の事なら気にしなくていい。真珠と離れて会えない毎日にストレス抱えるより、通勤の面倒くささに顔をしかめるほうがよっぽど健康的だ」

「それって、健康的なの?」

あまりにあっけなく言い切る司に、私の気がかりも少し緩和されて、思わず笑いももれた。

「俺が体調崩すのは、真珠との関係が悪くなったり思うように側にいられない時だけだ。それに、もし俺が一緒に暮らすことになるのならって言ってるけど、『もし』ってのは不要。
俺はあの部屋で真珠と一緒に暮らすって決めてるし」

「……あ、ああ、そう、なの?」

これまで何度も司から言われてきた事を改めて言われた私は、それがいい事なのかどうか判断する以前に、司の決意の固さに圧倒されて頷くしかできない。

「で、転勤に絡んでいろんな書類を人事に出すなら、この際入籍して新しい苗字で書類作ったらどうだ?
何度も人事に書類出すのも面倒だし、それでいいだろ?」

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