女王様のため息
女王様の未来には
①
翌朝、出勤の準備を急ぎながらばたばたしていると、テレビ越しに懐かしい笑顔を見て涙が出そうになった。
「暁だ……」
最近ヴァイオリニストとしてその名前が知られつつある高校時代の同級生の笑顔は、私の記憶の中の彼よりも数段大人びていた。
憂いを含ませ、俯きながらも愛妻の事を語る言葉は幸せに満ちていて。
「伊織……」
暁とようやく結婚して幸せになったと最近知った伊織もまた、高校時代の同級生で、二人の悲しい過去を知っている私は当時の事を思い出して胸が熱くなった。
高校時代、お互いをとても愛し、慈しみ、周囲からも可愛がられていた二人なのに、卒業を間近に控えた冬、その関係は崩れた。
暁はヴァイオリンの勉強のために海外に留学し、伊織の消息は卒業して以降わからなくなった。
伊織のご両親は、心配して尋ねた同級生たちに
『遠い所で元気にやっているから、しばらくはそっとしておいて欲しいの』
伊織は黙って行方をくらましたわけではなく、ご両親の意向もあってのことだという事で、伊織の安否を追及する事はしなかったけれど。
『暁くんも伊織の居場所は知らないのよ』
伊織のお母さんが呟いた言葉が忘れられなかった。
あれほどお互いを必要としていた二人なのに、どうして突然別れなければならないのかと、二人を知る誰もがその事実に言葉を失った。
暁が留学から帰ってくれば、きっと二人は結婚するんだと、そしてそれを望んでいたのに。
あまりにもあっけなく途切れた絆を目の当たりにして、同級生たちみんなで落ち込み、憤った。
そして、その後何度か行われた同窓会に二人が姿を見せる事はなかったけれど。
この前、司の車に乗っていた時にたまたま聴いた、暁が演奏する曲がきっかけで、暁と伊織の縁が再び結ばれたと知って、本当に嬉しかった。
どんないきさつで二人が結婚までたどり着いたのかは、まだわからないけれど。
今テレビの中で笑っている暁は
『いつも、妻の為にヴァイオリンを弾いています』
女性ファンを虜にする整った顔をカメラに向けて、はっきりとそう言った。
あー、今、この顔に世の女の何人もがやられたな。
安堵とからかいの笑みを浮かべて、私は出勤の準備を再開。
そして、鞄を肩にかけて戸締りを確認している時、スマホが鳴った。
画面を見ると、今まさにその笑顔をテレビ越しに見ていた暁だった。
慌てて出ると。
『こないだ、電話ありがとう』
テレビと同じ声が響いた。