女王様のため息
「え?あ、暁がヴァイオリン?」
はっと気づいて乗り込んだエレベーターの中でも、私の声は驚きに満ちている。
『ああ、もしよければ、だけど。真珠の結婚する相手って同じ会社の人だろ?
海が言うにはかなりいいオトコらしいな。
相手の意向もあるし、もしも迷惑なら断ってくれていいんだけど、よければ弾かせてくれないか?』
「よければもなにも、いいに決まってるよー。今まさに旬のヴァイオリニストが披露宴で演奏してくれるなんて、一生の記念だし自慢になるもん」
暁からの申し出に、思わず大きな声で答えてしまった。
エレベーターに乗り合わせているサラリーマンらしき人が怪訝そうな顔で私に視線を向けるけれど、とっさの作り笑顔で頷いてごまかした。
そして、エレベーターが一階について扉が開くと同時に足早に飛び出して。
「暁の演奏なんて、すっごく嬉しいし、信じられないんだけど、一体どうして?
今や世界に拠点を移そうとしてる暁なのに、私ごときの披露宴で演奏なんてしてもいいの?
事務所っていうの?そういうのってしがらみとかないの?」
駅までの道のり、普段は歩きながらの電話は危険だからしないけれど、今はなんだか興奮し過ぎて電話を切る事ができない。
突然の暁からの電話、そして突然の申し出に、嬉しい驚きと戸惑いでいっぱいになる。
『ああ。俺のほうは、特に問題はないんだ。ただ、日程が決まってれば早めに教えて欲しいけどな』
「11月なんだ。なんとあのアマザンホテルで披露宴するんだけど、大丈夫かな」
『ああ、その頃は、日本にいるはずだし、空けておくから大丈夫だ。
だから、婚約者と相談しておいてくれ』
「あ、大丈夫。司がどう言おうが私の一存で暁の演奏はOKだし。
絶対に反対はさせない」
私の力強い言葉に、電話の向こうの暁はくくっと喉の奥で笑った。
そんな笑い方、高校の時から変わらないなあ。
なんて思いながら駅までの道を急いでいると、
『真珠のその強引な所、高校の時から変わらないな』
優しい声が聞こえた。
高校の時からはかなりの時間が経って、お互いにそれなりに苦労もして。
変わっているはずなのに、今この瞬間に感じるのは高校生の時に笑い合っていた空気感。
未来の幸せを信じながらも、不安定な日々に切なさも捨てきれなかったあの頃。
そんな日々を思い出しながら、私達は今繋がっていた。
そして、ふと思うのは。
「ねえ、どうしてわざわざ披露宴で演奏してくれる気になったの?」
ずっと会えずにいた私なのに、突然どうして?
と疑問に思うのは不思議じゃないはず。