女王様のため息
私の問いに、暁はしばらく間をあけて心苦しそうな声で呟いた。
『真珠の披露宴には、高校の同級生たちが来るって海から聞いたんだ。
真珠にとっては人生一度の大切な時間なのに申し訳ないけど、その場を借りてみんなにお詫びをさせてもらえないかと思ってる』
「お詫び?」
『ああ。卒業が近かったあの頃、突然俺と伊織が別れてしまったうえに、伊織の行方は誰にも知らされなかっただろ?
俺も、教えてもらえなくてどうしようもなかったんだけどな』
「暁……」
高校を卒業する間際の出来事は、きっと同級生の誰もの心に残っている。
伊織という恋人をとても大切にし、きっと将来は結婚するだろうと思われていた暁。
その暁は、高校三年の時ヴァイオリンのコンクールで優勝して海外留学する事になった。
そして、大学への進学が決まっていた伊織は、暁の帰りを日本で待つことになっていたにも関わらず、卒業の日を待たずに姿を消した。
体調を崩して入院した後、療養の為に地方に移ったとだけ伊織の両親から聞かされて。
それ以来一度も会う事はなく、卒業までの日々は暁の苦しみに満ちた表情を目の当たりにするつらい日々となった。
恋人であり、お互いの両親とも仲良くしていたはずなのに、その暁ですら伊織の居場所がわからなくて焦れ焦れとした悲しい時間を引きずったまま、卒業式の翌日には留学先へと向かった。
結局、伊織の居場所はわからないまま、同級生の誰もが二人の未来を気にしつつも時だけが流れて。
「あの日、ラジオから流れた暁の演奏を聴くまで、忘れてたわけじゃないけど。
まさか暁と伊織が結婚してるなんて想像もしなかったな。
みんなもそうだと思う」
暁と伊織の事は、慌ただしい時の流れの中で、記憶の片隅に置かれたまま。
忘れたわけではないけれど、きっと二人の縁は途切れたんだろうと、諦めに近い思いを持っていたと思う。
『ああ。俺と伊織だって、奇跡的に再会できて、ようやく結婚までたどりつけたんだ。誰よりもその事に驚いてるのは俺たちだと思うんだ。
だから、あの頃心配をかけてしまったみんなへのお詫びをさせてもらえる時間を俺たちにもらえないか?』
大人になっても変わらない、少し謙虚な声が耳に響いて。
思わず胸がいっぱいになる。
「お詫びなんていらないから。暁のヴァイオリン、存分に聴かせてよ」
そう言って、思わず立ち止まった私は。
普段見慣れている駅までの風景が、熱くなった瞳の奥から溢れる涙で滲んで。
どうしようもなかった。