女王様のため息
* * *
「神田暁が演奏?」
「そう。披露宴で是非弾かせて欲しいって電話があってね」
「へえ、こないだ車で聞いたあの曲良かったよな。流れた瞬間真珠が慌てて電話したのを見てびっくりしたけど」
思い返すように呟く司。
相模さんに同行した現場で数日間の仕事を無事に終えて、司が帰ってきたのは日付が変わる頃。
アマザンホテルから届いた資料を広げながら、披露宴の内容を詰めている中での私の言葉に司は目を大きく開いた。
神田暁という、実力と見た目の良さを兼ね備えたヴァイオリニストの名前に反応するその様子は、私の予想通りだったけれど。
「で?そこまで真珠と仲がいいなんて俺聞いてなかったけど?」
そんな質問は予想外だった。
眉を寄せて問うその言葉には嫉妬という感情が露わに見えて、私はその事に目を大きく開いてしまった。
司の中では、私と暁とのただならぬ高校時代が想像されて、無駄な脳内変換が行われてるんだという事が読み取れて、はあ?と首を傾げた。
暁が私の元彼だとか、そんな色恋を想像して機嫌を悪くしているに違いない。
「で?あの日、車から神田暁に慌てて電話した真珠と彼との間にはどんな関係があるんだよ」
かなりテンション低めのその声に、私の予想が外れていないと確信。
その瞬間、なんだか意地の悪い力が湧いてきて。
普段は司に押し切られたり振り回されている立場が逆転。
「どんな関係って……難しいなあ」
わざと意識してもったいぶって。
口元に浮かびそうになる笑いをぐっと堪えて。
「暁との関係は、一言でいえば……かけがえのない高校時代の思い出の中の切なさの象徴」
自分で言いながら、言葉通りの切なさが心に浮かんでくる。
黙って聞いている司に視線を向けて、ふっと息を吐きながらそんな切なさを押しやるように笑いを作った。