女王様のため息


私の言葉にじっと耳を傾けていた司は、小さく肩を竦めた。

それまでの、どこか怒っているような表情を少し緩めて。

「仕事はそりゃ今までよりも効率よく集中してこなしていかないと無理だ。
納期が遅れたり、質が落ちれば俺の評価が云々って事よりもお客様に迷惑がかかるしな。
それに、嫁の真珠の事だって悪く言われるだろうし」

「私の事はいいの。司が仕事を頑張ってくれればそれでいい」

「いや、そういうわけにはいかない。
俺が仕事を頑張る理由は真珠を幸せにするためだから、真珠の評判や立場が悪くなるなんて我慢できない。
仕事だってうまく回せなくなる」

「司……」

大真面目な顔と声でそんな事を言われて、ぐっと言葉を詰まらせた。

私を幸せにするためって……そんな事言われて、どう反応すればいいんだろう。

「とにかく、俺は真珠が俺を愛してくれて、ずっと側にいてくれれば仕事だって頑張れるし幸せだから。
もしも通勤の利便性だけを優先して別居結婚なんてしたって、おれのやる気は下がるんだから仕事の質だって期待できないし、きっと相模さんからも呆れられるはずだ。
だから、俺にしっかりと仕事をして欲しければ遠距離通勤する俺の事を大切にしてくれ。
それだけでいい、十分だから」

な、と首を傾げる司の顔が、涙の向こうで揺れてしまうけれど。

言われた言葉をぐっと噛みしめながら見つめ返して、そして。

「わかった、せいいっぱい大切にする……」

半泣きの声は震えて小さいけれど、それだけをようやく呟いた。

「俺も、真珠を大切にするから、安心しろ」

そんな司の言葉は、私の頬に涙を落とすには十分な強さを持っていた。



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