女王様のため息
「人脈?」
「ああ。社内外問わず、真珠さんがいるからという理由で業務を進める人間は少なくない。
身近な例を挙げれば相模くんの直轄の現場の幾つかだって、真珠さんが下請けの福利関係を改善してくれたから腕のいい職人がこぞって集まってるんだ」
「は、はあ……」
誇張でもなんでもなく、波のない声で話す部長の表情は真剣で、私を退職させないためのおざなりな誉め言葉ではないとすぐに気付いた。
それに、私の中でも部長の言葉に心当たりはあって。
「下請けのみなさん、頑張って下さってるんですね」
私の言葉に部長は頷いた。
こんな時に、おかしいけれど、その事にほっとする。
そうか、現場で頑張ってくれているんだ。
ふと司を見ると、私と部長の会話がのみこめていないようだ。
私の仕事内容全てを司に話しているわけではないから仕方ないか。
「詳しい事は後で話すけど、現場で働いてくれるたくさんの職人さんの労働条件の改善にちょっと力を注いでたの。
賃金だけでなく保険だとか勤務時間だとか。
下請けの会社って無理してでも仕事を受けないと経営が成り立たないから、職人さんには過酷な環境も少なくなかったからね」
端的に話すと、司はそれだけで驚いたようで。
目を見開いて眉を寄せた。
「そんな大切な事を、真珠が?」
「ううん、私だけじゃないよもちろん。総務部と人事部。設計部だって一緒に下請けの会社と話し合って改善して。結局はうちの会社が現場での環境改善費用を負担する代わりに職人さんが直接手にする賃金に意見できる権利を得たの。
まあ、そこにたどり着くまでには何人もの人と喧嘩もして泣いたけどね。
職人さんや細かな部材を作ってくれてる工場の人を大切にしなきゃいい物は作れないから」
はははっと笑いながらそう言うと、部長は私よりも大きな笑い声をあげた。
「喧嘩して泣いたのは、真珠さんだけじゃないぞ。
下請けの社長さんに努力しろと一喝したりうちの会社の役員たちにも直接直談判した真珠さんに泣かされた人間は多いんだ。
『現場の質が上がらないといつか大きな事故が起きる』って言っては各方面を説得して回った結果が今につながってる。
おかげで職人さんたちも優先してうちの現場を引き受けてくれるし、真珠さんの功績は大きいんだ」
「部長、それは大袈裟ですよ。私一人の力なんて知れてますから」
あまりにも私を誉めてくれる部長の言葉に、思わず照れて俯いた。
あの当時は必死さだけで、とにかく一生懸命各方面に働きかけて説得して、何も考えてなかったけれど、私のした事が実を結んだと聞けばやっぱり嬉しい。