女王様のため息
私が会社を退職しようと決めた理由は、もちろんこの先、司の仕事の方向性がどのように変化しても柔軟に受け止めて、一番近くで支えていけるためにという事。
相模さんという才能ある建築士に鍛えられている若手は司だけではなくて、社外にもそれに該当する人は多い。
建築界全体の実力の底上げを自分の使命としている相模さんが育てている大勢の才能の卵たちは日々切磋琢磨しながら頑張っている。
そのうちの一人は間違いなく司であって、相模さんの直属の部下という立場は他の面々よりも恵まれた状態で仕事に励むことができるし、相模さんの才能を早く吸収できる。
『その恵まれた環境が怖くて震える時がある』
お酒に酔いながら饒舌になった司がぽろりと漏らした言葉から読み取れるのは、彼が背負っているプレッシャーの大きさだと理解するのは簡単だし、私も同じように震えた。
飄々とした仕事ぶりと、高い評価の結果を連発しながらも抱える錘は相当に大きなものだとつらくなる。
そんな司が私との関係を大切にするあまり、仕事からのプレッシャーを跳ね返す力を弱めさせてしまったとしたら。
申し訳ないし、私の本意ではない。
だから、心から願ってしまう。
順調に司が仕事で実績をあげて、プレッシャーから解放させてあげたい。
それが私が退職を決めた一番の理由。
司はきっと、私がここまで深く考えているとは思っていないだろうけれど。
それはそれで尚更いい。
そしてもう一つ。
退職の理由というよりは、司と過ごせる時間を大切にしなくては、と思ったのは。
久しぶりにその消息がわかった高校時代の同級生。
暁と伊織の影響が大きい。