女王様のため息
「疲れてるのにごめんね。当日には暁の演奏を聴けるのに無理言って」
「いや、いいよ。当日はじっくり聴けないだろうし、今話題の神田暁の生演奏を堪能させてもらうよ。
そういえば、奥さんの伊織さんも今日来るんだよな?」
「うん。すっごく可愛い子だから期待していいよ。
高校時代からかなり人気があったんだけど、彼女は暁一筋。
それもまた彼女の高感度を上げてたなあ」
「へえ、一筋かあ。男にはぐっとくるよな」
「でしょ。すっごく仲がいい恋人同士でね、二人の側にいるだけで恋人が欲しくなったもん」
高校時代を思い返すように呟くと、繋いだ手がさらにぎゅっと握られた気がして隣を見ると。
どこか不機嫌な顔の司。
エレベーターの上部にある階数の表示をじっと見ながら口元を歪めている。
「どうしたの?やっぱり疲れてるから……」
「違う。なんだかむかついただけ。俺にはどうしようもできない過去の事でもやもやする自分って何だか小さいなあと思ってむかついてるだけ。
気にするな」
私を見ずに、投げ捨てるような荒い言葉を呟いて、続くため息に。
私、何か司をもやもやさせるような事を言ったっけ?
と訳が分からない。
「ねえ、司、どうして……」
そんなに不機嫌なの?と言葉をつなげようとした途端に響いたのは、エレベーターが止まった音。
扉が開き、私の手を引いて歩き出す司の背中を見ながら戸惑う私は、それ以上聞く事もできず、首を傾げながらついていった。
「今俺がこんなに嫉妬深いってのは、寝てなくて疲れてるからだ。
……そう思って見逃してろ」
嫉妬?って何に嫉妬?
そんな気持ちにさせる何があったっけ?
相変わらず私を見ない司の言葉に再度首を傾げつつ、視界に何かが動いて、前方に控えている宴会場の扉の辺りを見ると。
まるでそこだけがポッと明るくなったように浮き上がっている空間の中で、寄り添い微笑みあう二人の姿があった。
「暁っ伊織っ。お待たせ」
そう声をかけて軽く手を振る私に気づいた二人は、高校時代から変わっていない温かい笑顔を向けてくれた。