女王様のため息
神田暁が演奏するという事で、広い宴会場にはホテルの従業員の人も顔を出していた。
私と司の披露宴の担当さんと、当日の音響担当の人以外にも、30人ほどの人が部屋の中で暁の演奏を聴いている。
当日は10分ほどの演奏をしてもらう事になっていて、曲目は全て暁に任せてある。
音楽関係にはまったく知識皆無の私と司だから、弾いて欲しい曲はあるかと聞かれても何も浮かばなかった。
とりあえず、結婚式に合いそうで、耳馴染みのある曲がいいとそれだけをリクエストした。
相模さんの娘さんの茜ちゃんの好きな曲だけは、伝えてあるから、きっとそれは弾いてくれるだろう。
そして、今目の前で弾いている曲は、ここ最近ヒットしているウェディングソング。テレビでもよく聴く事があるし、歌っているのが人気のある男性歌手だという事で招待客の人にも納得してもらえそうだ。
「これ、私が弾いてって暁にお願いしたんだ」
部屋の片隅に用意された椅子に腰かけて綺麗な音色に浸っている時、隣の伊織が呟いた。
ベージュのワンピースに身を包んでいる彼女は相変わらず可愛くて、高校時代と変わることのない穏やかさと優しさ。
肩までのまっすぐな髪が揺れて、瞳はまっすぐ暁に向けられている。
その横顔も思い出の中の彼女と同じで。
「伊織のお願いなら、一発で暁はOKしたでしょ?」
からかう私に、はっとしたように顔を赤らめている。
「そ、そんなこともないけど……」
「ふふっ。いいよいいよ照れなくても。暁が今でも伊織にぞっこんだってのは一目瞭然だし、二人が並んでると、そこだけ空気が熱いもん」
「熱いって、おかしいよ。私達は普通にしてるし」
「その普通ってのが、本当に熱くて甘いの。高校時代よりも温度が上がってる気がしてたまんないよ」
暁の姿をちらちらと見やりながら伊織をからかっていると、膝の上に置かれている伊織の指先までもが赤くなっていることに気づいた。
本当、照れてるんだなあ。
かわいすぎて何も言えなくなる。
高校を卒業して数年。
伊織の消息については誰もが知る事もなかったけれど、私が彼女からその理由を聞いた数日前。
思いがけない理由に、私は流れる涙を止める事ができず、そして感情の波の大きさに耐えきる事もできなくなって、仕事が途中だった司に電話して迎えにきてもらったほど。