女王様のため息
愛する暁との間に宿った新しい命に幸せを感じたのも束の間。
交通事故にあって流産してしまった伊織は、その苦しみに耐えきれず、暁とも離れて遠くの街へと身を移した。
それが高校卒業の直前で、誰にも行先は言わず、一人で気持ちの回復に頑張っていたらしい。
当時の詳しい事情は悲しくて聞けないけれど、その表情からはかなり切ない時間だったと想像できる。
「いなくなった赤ちゃんの為にも一生懸命に生きて行こうって前向きになれた時に、偶然暁と再会できたの……本当、本屋さんの店頭で偶然にね」
嬉しそうに二年前の暁との再会の事を話している伊織の明るい声、それだけで私は満たされるし、安心した。
きっと、高校時代の同級生たちも、私と司の披露宴で二人の相変わらずの愛し合っている姿を見ればほっとするだろう。
それだけで、十分だ。
「泣いてもいいけど、暁とは二度と別れたりしないでよ。
来年の二人の結婚式はみんな楽しみにしてるんだからね」
既に入籍を済ませている二人だけど、これまで心配をかけた人たちを呼んでお詫びをしたいという事で、挙式披露宴はまだしていないらしい。
私と司の披露宴でお詫びを兼ねた再会をして、披露宴に出席してもらえるようにお願いするらしい。
お願いするも何も、きっとみんな喜んで出席すると思うんだけどな。
「私の次は伊織と暁だから、お互いに幸せになろうね」
「うん」
ふふっと笑いかけると、どうにか笑顔を浮かべる伊織は本当にかわいい。
それでも、私が味わっていない苦しみを乗り越えてきた強さはその表情にあらわれていて、とても綺麗だ。
きっと、体中が苦しみで痛むような時間を過ごしていた伊織と暁は、再会の奇跡を感謝して二人が寄り添える幸福に震えているはず。
並ぶ二人に流れる、どこか優しさを超越した時間を感じた時に、これが幸せなのかなと思えた。
幸せという括りでは表せない関係を築いている二人を見て、私と司にも当てはまる何かを感じて。
確かに伊織たちと比べれば、私と司がこの5年間悩んでいた二人の関係なんて大した事はないんだけど。
それでも、お互いが一緒にいられる幸せが、当たり前ではなくて奇跡に近い事だと実感した瞬間に決めたのが、会社を退職するという事だった。
意外と簡単にそれを決意できたのは、それだけ私が司に愛されている自信が生まれていたからだけど。
その自信だけでは決断できなかったのに、伊織と暁に再会できた途端あっさりと。
司の為に、そしてそれは私の為につながるけれど。
そう決意できた私は、明日めでたく会社を退職する事になっている。