女王様のため息
私の隣に座り、暁の演奏に聴き入っていた司は、その演奏が終わるや否やぐすんと鼻を鳴らした。
「え?」
明らかに泣いているとわかるその音に、私は視線を伊織に向けて
「単純な男なの」
肩を竦めて、ごまかすように苦笑した。
確かに暁の演奏はやはりプロだなという迫力と魅力があって、私も惹きつけられたけれど、先に司が泣いてしまったせいで泣けなくなってしまった。
ヴァイオリンの生演奏なんて、これまで聴く機会はなかなかなかったし、ただでさえ伊織と司が両隣に座っている状態が私の涙をも誘うのに。
「俺、音楽聴いて泣いたの初めてだ。本当に、俺らの披露宴で弾いてくれるんだよな」
感動しているせいで、言葉も表情も仕草も浮足立っていて落ち着かない。
そんな司は、ちょうど私達を見ている暁と目があって大きな拍手をした。
「最高でしたーっ」
涙交じりの声は部屋中に響き渡って、音響さんも機械からはっと目を上げ、暁のマネージャーだとういう男性も苦笑し。
暁といえば、普段の柔らかな笑みをそのまま顔に浮かべて照れくさそうに口元を上げていた。
「つ、司」
まだ何か言いたげな司の腕を掴んで、それを阻止して。
「最高なのは当然だし、後からちゃんと話せるから今は静かにしてよ」
「え、でも俺本当に感動してさ、もっと感想を言いたいんだけど」
「だから後で。ほら、音響さんだって暁と話したそうにしてるでしょ」
「あ、まあ。そうだな」
「今日は暁のリハーサルで、私たちは単なる見学者だから、ね」
私の一生懸命な声に司は気圧されたように何度か頷くと、じっと私を見つめ返した。
ん?何だろ。
瞬きを幾度か繰り返す私を見入っていた司に、訳も分からず首を傾げる私の頬に司の指先が伸びてきて優しく撫でる。
「ど、どうしたの?」
予想外の司の動きに驚いた声をあげた。
くすり。
小さく零れた司の笑い声。
「ん。俺って幸せだって再確認してただけだ」
「……は?」
「こんなに大好きな女と結婚できて、みんながこうしてお祝いしてくれて。
それって本当に幸せだなって思っただけだ」
「ちょ、そんな事を今言わなくてもいいでしょ」
司の言葉に驚いて、私の気持ちは照れるという感覚でいっぱいになった。
真面目な声で、淡々とそんな事を言ってのける司の顔すらまともに見る事ができない。
ほんと、心臓に悪いからやめて欲しい。
「さっき、伊織さんと真珠の話を聞いていて、俺らって幸せだなって思ったんだ。俺たちお互いに愛し合っていて、周りからも祝福されて。
そして結婚できるんだ。それが幸せでなくてなんなんだ?」
「……」
「前からずっと、真珠が側にいればそれでいいって思ってたんだけど、甘かった。それが奇跡に近くてありがたいものだって、改めて考えさせられたよ」
「奇跡……」
「ああ。もしかしたら、お互いの気持ちをちゃんと確かめる事なく縁を結ぶ事なく離れていたかもしれないのに、こうして結婚もできて。
奇跡?運命?……まあ、言い方はどうでも、すごい事だよな」
な?と私に優しく語りかける司は、こつんと額を合わせると、私にしか聞こえない声で囁いた。
「真珠は、俺の奇跡だから、一生大切にする」
すっと染み入るその声に体中が熱くなった私は、ぎゅっと唇をかみしめながら。
……私も、司を大切にする。
心の中で、照れながら頷いた。