桜空あかねの裏事情
某所
和を基調としたとある一室。
女は窓越しに映る景色に焦がれるように、佇んでいた。
「黒貂様」
「……矢一。どうなされました?」
背後から聞こえた声に、振り向きもせずに答えれば、矢一と呼ばれた青年は言葉を続ける。
「先日、主がお話されてた少女を連れて参りました」
その言葉に女――黒貂(コクチョウ)はようやく振り向く。
そこには立ったままの矢一の姿があり、彼の腕の中には大切そうに抱えられている少女の姿があった。
肩に付くぐらいの黒髪と、瞳を閉じていても分かる幼い顔立ち。
あの男は自分と年が近いと言ったが、年が離れている気がしなくもない。
どちらにしろ、年下なのは間違いないだろう。
「矢一」
「は」
「この子に、危害は――」
「加えておりません。ただ連れて行く際、大分抵抗され……結果として成功しましたが、目覚めるには少し時間が掛かるかと」
「承知しました。目覚めるまで、ここで見ております」
黒貂がそう答えれば、矢一は頭を下げて部屋を出て襖を閉めていった。
足音が遠ざかると、黒貂は眠っている少女の顔を観察しながら、髪を撫で始める。
月明かりに照らされている少女の肌は白く、どこか神秘的に感じる。
きっとこの少女は、穢れなどとは全く無縁に育ったのだ。
「ふふっ。早く貴女とお話してみたいですわ」
自然と笑みが零れる。
どうしてだか、この少女が目覚めるのを待ちわびているのだ。
「そしてどうか、教えて下さいませ。貴女の瞳に映る私を……」
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