桜空あかねの裏事情

ヴィオレット 休憩室


「結祈、様子はどうだい?」


ヴィオレットの店主である湊志が、結祈に声を掛けつつ未だ眠る昶を見遣る。


「見た限りでは、気を失っているだけなので大丈夫ですよ。そのうち目を覚ますでしょう」

「それなら良かった」

「…心配ですか?」

「少しね。一応、弟分みたいな存在だから」


そう言って再び昶を見つめる湊志。
その眼差しはどこか優しい。
心情を曖昧に表してはいるが、気絶した昶を見て顔色が変わり、店を臨時で閉じたぐらいだ。
言葉で言う以上に心配していたのだろう。


「それより、問題なのはあかねちゃんだね。朔姫ちゃんの話では攫われたみたいだけど」

「ええ。顔は隠れていて分からなかったようですが、気を取られている隙を突く。噂通り、狡猾ですね」

「……その言い方、もう相手に目星はついてるの?」

「当然だ」


いつの間に部屋に入ったのか、ジョエルはドア付近の壁に寄り掛かかりながらそう言い放つ。


「相手は前々からお嬢さんに目星を付けていたからな。こちらも警戒はしていた」

「……」

「ところで湊志。先程から駿と朔姫がお前を探しているぞ」

「え、そうなの?じゃあ、ちょっと行ってくる。目を覚ましたら教えて」


そう言い残して、湊志は部屋を後にする。
するとジョエルは横になっている昶に近付き、観察するように見下ろしていた。


「異能を充てられた痕跡や傷はありませんから、ご心配なく」

「そうか。ならば問題ない……彼の方はな」


なじるような視線に、結祈はこれから何を言われるか分かっていながらも、黙って耳だけを傾ける。


「館と朔姫達を襲った連中はアヴィドだった。だがお嬢さんを攫った男は間違いなくアロガンテの者だ」


.
< 566 / 782 >

この作品をシェア

pagetop