桜空あかねの裏事情
ヴィオレット 休憩室
「結祈、様子はどうだい?」
ヴィオレットの店主である湊志が、結祈に声を掛けつつ未だ眠る昶を見遣る。
「見た限りでは、気を失っているだけなので大丈夫ですよ。そのうち目を覚ますでしょう」
「それなら良かった」
「…心配ですか?」
「少しね。一応、弟分みたいな存在だから」
そう言って再び昶を見つめる湊志。
その眼差しはどこか優しい。
心情を曖昧に表してはいるが、気絶した昶を見て顔色が変わり、店を臨時で閉じたぐらいだ。
言葉で言う以上に心配していたのだろう。
「それより、問題なのはあかねちゃんだね。朔姫ちゃんの話では攫われたみたいだけど」
「ええ。顔は隠れていて分からなかったようですが、気を取られている隙を突く。噂通り、狡猾ですね」
「……その言い方、もう相手に目星はついてるの?」
「当然だ」
いつの間に部屋に入ったのか、ジョエルはドア付近の壁に寄り掛かかりながらそう言い放つ。
「相手は前々からお嬢さんに目星を付けていたからな。こちらも警戒はしていた」
「……」
「ところで湊志。先程から駿と朔姫がお前を探しているぞ」
「え、そうなの?じゃあ、ちょっと行ってくる。目を覚ましたら教えて」
そう言い残して、湊志は部屋を後にする。
するとジョエルは横になっている昶に近付き、観察するように見下ろしていた。
「異能を充てられた痕跡や傷はありませんから、ご心配なく」
「そうか。ならば問題ない……彼の方はな」
なじるような視線に、結祈はこれから何を言われるか分かっていながらも、黙って耳だけを傾ける。
「館と朔姫達を襲った連中はアヴィドだった。だがお嬢さんを攫った男は間違いなくアロガンテの者だ」
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