桜空あかねの裏事情


「なんだ………ジョエルの前なら、ちゃんと言えんじゃん」


祝いの喧騒から外れた場所。
ヴィオレットの裏口に面した壁に寄りかかりながら、陸人は呟いた。
酒も大分入り、火照った体を冷まそうと裏口で一人佇もうと思った矢先、既に裏口の扉が空いており密かに覗いてみると、あかねとジョエルの姿と話し声が聞こえその場で耳をすませた。
ようは盗み聞きだ。


――ボクにも面と向かって
――言えばいいのに。
――そもそもあの子とジョエルって
――あんなに仲良かったんだ。


二人の会話を初めて聞いた陸人が、最初に思ったのがそれだった。
同時に皮肉と威圧感の塊であるジョエルと、まともに会話を出来る者がアーネスト以外にもいた事に驚いていた。

――ジョエルなんて
――気持ち悪い通り越して
――ありえないほど怖っ
――自分以外の人間は格下とか
――考えてる奴が
――他人に優しく出来るとか
――やっぱロリコンなわけ?
――それともあの子も
――ジョエルに気があるとか?
――いや趣味悪過ぎでしょ

と思ったものの、あかねとは最低限の会話を交わすぐらいで、趣味どころか好きなものも嫌いなものも知らなかった。


――まぁ別に関係ないか。
――あの子はただの箱入り娘で
――邪魔なだけだし。
――しかも動機があんな……。


陸人はそこで思考を切る。
これ以上考えると、余計なことを思いかねない。
なんとなくそんな感じがして、引き返そうと一歩下がった。


「なるほどねー。あかねちゃんはやっぱりそう思ってたんだ」


場違いと思えるほど、陽気な声。
振り返りながらじろりと睨むと、そこには予想通りの人物がいた。


「健気っていうか、本当に可愛いね」

「なんでいんの?ストーカー?」

「え、俺は男に興味ないよ?」

「あったら問題だよ」


そういう人間がいることは知っているし否定するつもりもないが、知り合いにいるのはごめんだ。
尚も冷たい視線を向ければ、泰牙は困ったように笑った。


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