さよならのその先に
    
大学を卒業してからも同じアパートに住み続けたのは、引越しが面倒だっただけじゃない。

いつかふらりと吉野が訪ねてくるかもしれない。そんな淡い期待を抱いていたからだ。


あたしは何年も吉野を待っていた。



「本当に、バカみたい」

荷物を整理しながら、吉野が残していったマグカップをゴミ袋に入れる。

それはゴトリと鈍い音を立てた。


殺風景になった部屋を見渡すと、想い出が溢れ出て苦しくなる。

橙色の西日が目に眩しくて顔を歪めた。


吉野のことを思い出すのも、今日で最後。


さよなら、一度も名前を呼べなかったけれど。

どうか、幸せでいて。

そう想えるのは、きっと。



「夏帆、そろそろ行くよ?」

< 6 / 7 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop