さよならのその先に
大学を卒業してからも同じアパートに住み続けたのは、引越しが面倒だっただけじゃない。
いつかふらりと吉野が訪ねてくるかもしれない。そんな淡い期待を抱いていたからだ。
あたしは何年も吉野を待っていた。
「本当に、バカみたい」
荷物を整理しながら、吉野が残していったマグカップをゴミ袋に入れる。
それはゴトリと鈍い音を立てた。
殺風景になった部屋を見渡すと、想い出が溢れ出て苦しくなる。
橙色の西日が目に眩しくて顔を歪めた。
吉野のことを思い出すのも、今日で最後。
さよなら、一度も名前を呼べなかったけれど。
どうか、幸せでいて。
そう想えるのは、きっと。
「夏帆、そろそろ行くよ?」