《短編》家出日和
『亜里沙?
亜里沙だよなぁ?』


名前を呼ばれて振り返ると、

“やっぱり!”と言って嬉しそうな男が、小走りにこちらに近づいてきた。


確か、いつぞやに関係を持った男だ。



『俺だよ、俺!
秋頃よく遊んでたろ?』



誰だよ、誰?


そんなことを思ったが、言うと失礼になると思い、言葉を飲み込んだ。


それにあたしの記憶するところによると、遊んでいたのは冬だったと思うけど。


それともこの男の中では、2月も“秋”なのだろうかと、

ひとりあたしは、首をかしげた。



『何やってんだよ?
ナンパ待ちなら、俺と遊ぼうぜ!』


「…待ってないし、遊びたくないし。」


『…亜里沙らしい言葉だよなぁ。
まぁ俺は、そんな強気なところが好きなんだけど。』



好かれたくないし。


馴れ馴れしく肩を組んで来た男にあたしは、無言で白い目を向けた。


好かれたいとは望んだけど、こんな何色なのかわからないような頭の男は嫌だ。


じゃああたしは、一体誰に好かれたいのか。


瞬間に、頭に浮かんだのは俊ちゃんの顔で。


相変わらずあたしは、どこまで行っても馬鹿なのだろう。


嫌ってほしい、と。


望んでいたはずだったのに。


俊ちゃんのじゃない煙草の匂いが、嫌に鼻について。


慣れないその香水の甘さの混じったものに、

思わず吐きそうになってしまう。



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