《短編》家出日和
『あははははっ!
めちゃくちゃ楽しくなかった?』


マンションの下まで引っ張って来られて。


足を止めた大我さんは、思い出したようにお腹を抱える。


あたしはと言うと、呼吸を整えることに精一杯で。



「…何で…こんなことしたんですか…?」


『何でって?
ちょっと俊二に一泡吹かせてやろうと思って!』


またケラケラと笑いだした大我さんにあたしは、長いため息を吐き出した。



「…あたし、戻ります。」


『良いけど。
したら亜里沙ちゃん、一生俊二から逃げられないよ?』


「―――ッ!」


瞬間、足が止まってしまった。


今この人と逃げれば、夢見ていた自由が手に入る。


なのにあたしは、戻る方を選ぶの?



「…でも、こんな無理やりなやり方は好きじゃないです。」


『じゃあ、俊二とは合意の上?』


「―――ッ!」


ことごとくあたしは、言葉が出なくて。


あたしの顔を覗き込んでいる大我さんは、あたしなんかよりずっと“大人”だった。



「…でも、こんなんじゃあたしの“勝ち”にはなりませんから。
逃げ出すなら、自分の力で逃げ出します。」


頭を下げあたしは、再び大我さんに背中を向けた。


仕方ないんだ。


今あたしの頭の中を占めてるのは、俊ちゃんなんだから。



『亜里沙ちゃん!
それって本音?それとも建前?』


大我さんの最後の言葉の意味は、馬鹿なあたしには全然わかんなかった。


だから相変わらず答えることも出来ず、足を進めて。



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