《短編》家出日和
『立てよ、亜里沙。』


先ほどの場所でしゃがみ込んだままのあたしに、俊ちゃんは言葉を投げた。


瞬間、唇を噛み締めながらあたしは、言われた通りに立ち上がる。



『…どーなるかわかってんのに、戻ってきたんだろ?』


「―――ッ!」


瞬間、あたしの逃げ場所を奪うように俊ちゃんは、両手を左右の壁に突き立てて。


足を引いたあたしの背中に、ひんやりとした壁の冷たさが伝う。


本当にあたしは、自分が馬鹿すぎて嫌になる。


こうなる、って。


わかってたのに。


なのにあたしは、こんな人の心配をしたんだから。



「…んっ…!」


重なる唇の隙間を縫うように、俊ちゃんの舌があたしの口内に侵入して。


ゆっくりと動くそれに、自然と声が漏れた。


あたしの頬に触れた俊ちゃんの手が、冷たく滑り落ちる。



『…もぉ俺のこと、殺す気なくなったの?』


「―――ッ!」


瞬間、あの日のことを思い起こして。


何も変わってないリビングに、あの日の残像が重なって映る。


その瞬間に、意識とは別に震えが止まらなくなって。



『…亜里、沙…?』


気付いたら、涙が頬を伝っていた。


戸惑うようにあたしを見つめる俊ちゃんの顔が、滲んだ視界に歪んでいく。


泣かない、と。


誓ったはずなのにあたしは、また再び俊ちゃんの前で涙を見せるなんて。


こんなんじゃあたし、復讐すらも出来ないよ。


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