《短編》家出日和
あたしのシャツをまくり上げ、手を忍ばせた瞬間、

俊ちゃんはその手を止めて、ゆっくりとあたしの瞳を捕らえた。



『…亜里沙、熱ある?』


その声が響き、微かに俊ちゃんの吐息が掛かって。


眩暈がするのは、熱の所為なのか、俊ちゃんの所為なのか。



「…大丈夫、だから…」


言いながら離れようとした瞬間、俊ちゃんはその腕をあたしの後ろに回した。


そのまま、有無を言わさず抱きかかえられ、自分の部屋へと連れて行かれた。


ベッドに寝かされてやっとあらがうことをやめたあたしに俊ちゃんは、

深いため息を混じらせて。


こんな風にされると、どうすれば良いのかわかんなくて。


ただ、普段は誰も入ってこないあたしだけの空間で、

俊ちゃんが居ることにひどく違和感を覚えた。



『…何もしなくて良いから、寝てろよ。』


髪の毛をかき上げながらあたしから目線を外した俊ちゃんは、

背中を向けてそれだけ言うと、再びリビングに戻った。


パタンと静かにドアを閉めるその後姿を、何も言わず見送って。


弱ってる時に優しくするなんて卑怯だよ、俊ちゃん。


優しくされると、“何か”を期待してしまいそうになる。


静かな静かな昼下がり。


窓から差し込む日差しが、その場所だけフローリングの色を明るく染める。


とてもあたたかみを帯びたそれを見つめながらあたしは、

一体何を考えていたのかは忘れてしまったけど。


寂しい、と。


何故か思ったことだけは、今でも鮮明に覚えているよ。


視界一面はシミのひとつもない、クリーム色の天井。


一点だけをただ見つめ続けると、まるで吸い込まれてしまいそうな感覚で。


俊ちゃんの香りもその熱も。


いつも間にか消えてしまっていた。


フワフワと、まるで浮いているような感覚は、熱の所為だから?


怖くて、そして人恋しくて。


不意に湧いた感情に、何故か泣きそうになった。


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