《短編》家出日和
―ガチャッ…

「―――ッ!」


瞬間、静寂の中に響いた金属音に、思わずドアの方に顔を向けた。


まさか、あたしのことなんて放っておくのだろうと思っていた俊ちゃんが、

何故かそこには居て。



『これ、少しは違うと思うから。』


俊ちゃんが手に持っていたのは、濡らしたのであろうタオルだった。


言葉と共にあたしのおでこの上に乗せられるそれが、

瞬間に心地よく熱を吸収してくれるのがわかる。


冷えピタなら、冷蔵庫の中で冷やしてるんだけど。


だけど俊ちゃんは、それすらも知らないってわかってるから。


こんな原始的なやり方に、だけどあたしのことを想ってくれたことに、

何だか思わず口元がほころんでしまって。



『…何笑ってんの?』


「…いや、たまには弱ってみるのも面白いと思って。」


『うるせぇよ。』


バツが悪かったのか俊ちゃんは、憮然とした顔でそれだけ呟いた。


本当に、穏やかな昼下がり。



『…寝るまで居てやるから。』


「―――ッ!」


再び予想外の言葉を紡いだ俊ちゃんは、

戸惑うあたしをよそに、ベッドサイドに腰を降ろした。


伏し目がちに微笑みを零した俊ちゃんは、その冷たい手の平であたしの頬を撫でて。


浅く呼吸をしながら、遠のきそうになる意識で目を背けた。


熱の所為なのかいつもより少しだけ、鼓動が早まっているのを感じて。


冷静になれない自分が居る。


俊ちゃんの存在に、安心してしまいそうになる自分が居るから。


怖かった。

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